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プールサイドの恋物語

6月もそろそろ終わりだけれど
私の住む街は、今日もカンカン照りの夏日
今年は梅雨が来ないまま、真夏に突入しそうである

子供たちもしばらくすると夏休みに入る
私は毎年このシーズンになると
淡くてくすぐったい
あの遠い夏のエピソードを思い出す


当時、中学1年生だった私は
夏休みに入り自由を満喫していた
その日の夜、仕事から帰ってきた父がこう言った

「おい、すみれ。来週の日曜日は予定空いてるか?」

「ん?どうしたの、今のところ用事はないけど…」

「じゃあ、日曜は職場の親睦会に付き合ってもらうからな」

「えっ?!それはちょっと…嫌かも…人見知りだし」

「まぁ、お前の気持ちもわかるけど
今回は必ず家族を連れてくる約束なんだ
大きなプールで遊ぶから付き合ってくれよ」

「えっ、プールなの?…仕方ないなぁ…今回だけだよ!」

私は渋々、父の職場の親睦会に参加することにした


そして日曜日になり
私は父の運転する車で、大きなプールに連れてこられた

プールの入場口でチケットを購入して
更衣室で水着に着替えた後、外で父と合流した

私と父が話していると後ろから声を掛けられる

「あっ!春野さんですか、今日は宜しくお願いします」

声の主は父の職場の後輩だった

「今日は子供たちも一緒に連れてきたから宜しくね!」

そのおじさんは小学生の兄妹を紹介してくれた

兄妹はにっこり笑って私に挨拶してきた

「こちらこそ宜しくね、一緒に遊ぼうか!」

私は兄妹と一緒に、ビーチボールを持って
プールサイドに向かって行った

なんだか想像していたより楽しい一日になりそうだ


3人でプールサイドで騒いでいると

父が一人の青年を連れて私たちのところに歩いてきた
彼の年齢は20代半ばくらいに見えた

「おーい、遊ぶのはいいけど滑ったりするから
気を付けるんだぞ」

「分かったよー!あれ?その人は…」

「ああ、こいつは俺の後輩の安曇(仮名)だよ」

「安曇です、君はすみれちゃん?今日は宜しくね!」

小麦色の肌と白い歯のコントラストが綺麗だった

「…宜しくお願いします…」

私はぼーっとしながら、やっとのことで返事をした

一瞬、時間が止まったような気がした

安曇さんは私の小学生時代の初恋の先生
雰囲気がそっくりだったのである
年頃も先生とおそらく同世代だろう
先生とは別人なのに私は胸がドキドキした

「ああ、安曇はこう見えても婚約者がいるぞ
今年の10月に結婚するんだよな!」

安曇さんは恥ずかしそうにうなずいた

余計な父の一言で、私は夢から覚めたのだけれど

でもこれ以上彼に近づいてはいけないと
自分の中で大きく警報が鳴り響いた
だってこれ以上彼と接触すると
きっと安曇さんに堕ちてしまいそうだからである

「そうなんだー、おめでとうございます
じゃあ私はみんなで遊んでくるね」

私はその場を取り繕いながら兄妹と
ウォータースライダーに走っていった


子供たちだけで、流れるプールや
ビーチボールを追いかけたり散々遊んだ後
ウォータースライダーのそばで兄妹とはぐれてしまった

安曇さんと出会った後から
彼と絶対にすれ違わないように
そして一人にならないように
細心の注意を払いながら
兄妹と遊んでいたのに不覚だった

「すみれちゃん、一緒にジュース飲む?」

振り向くと安曇さんがこっちを見て笑っている

「…はい」

私は深く息を吐くと覚悟を決めて
安曇さんの隣に座ったのだった


「…で、すみれちゃんは中学校は楽しいの?」

安曇さんがおごってくれたジュースを飲みながら

私たちは取り留めもない話を沢山した
安曇さんは私の話をうんうん言いながら真剣に聞いてくれた

…やめてほしい、ますますあなたを好きになってしまうよ…

そんな私の気持ちを知ってか知らずか
安曇さんは私の目を見つめながら言った

「すみれちゃんは、好きな人とかいるの?」

思わず胸が跳ね上がった
安曇さんってホントに罪作りな人だな

「…今はいません…」

安曇さんが笑いながら言った

「まぁ、そのうちいい相手が現れると思うよ
俺もなんだかんだで結婚できることになったし」

まぁ、安曇さんなら当然だと思う
だってイケメンだもの…と思った

その後、安曇さんの口から思いもよらない言葉が出た

「…実はさ、すみれちゃんを見た時
少しびっくりしたんだよね
初恋の子に雰囲気がそっくりだったから」

私は一瞬、何を言われているのか分からなかった
頭が真っ白になりながら安曇さんの言葉を待つ

「これ、婚約者の写真なんだけど
好きだった彼女に雰囲気が似てるんだよね」

安曇さんが取り出した婚約者の写真をのぞきこむ

確かに私に少し雰囲気が似た
色白で細い目をした丸い顔の女性が写っていた

ああ、これが蓼食う虫も好き好きか…
私も決して美人ではないんだけど

でも安曇さんならもっと美人と結婚できそうだよな
彼女さんには失礼だけど
なんだか勿体ないなと思ってしまった

「そんな訳で、君と話してみたいなと思ったんだ
なんだか自分語りばかりでごめんね」

安曇さんには、あなたも私の初恋の人に
そっくりだよとは言えなかった

でも私たちって実は同じことを考えていたんだね
私は心の中で思わず笑ってしまった

私たちはその後プールの出入り口で別れた

そこには父が迎えに来ていて
私と父は着替えた後、車で帰路についたのだった

別れ際の安曇さんの爽やかな笑顔は
今でも心に残っている


それから後、父は転勤になり
安曇さんとの接点は完全に無くなった為
彼が今、何をしているのかは分からない

あの当時、なんで安曇さんはまだ中学生だった私に
あんな衝撃的な告白をしたんだろう
ずっとあれから考えていたんだけれど

きっと安曇さんは好きだった女性に
自分の思いを伝えたかったのかな、と思う

でもそれはさすがに無理な話だから
代わりに、彼の記憶の中にある
初恋の彼女と同世代だった私に
思いを伝えたのかなと思った

似た女性と結婚するくらいだから
きっと彼にとっては忘れられない人だったんだろう

いくらでも相手を選べる立場のイケメンでも

初恋の女性にはかなわない、ということが
当時の私にはとても衝撃的で

人生色々だなぁと、思わずにいられなかった


私は窓の外の雲一つない真っ青な空を眺めていた
あの当時、プールで見た青空と同じ色である

今年もまた誰かにとって
忘れられない夏休みがやってくるのかもしれない

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