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殺し屋の父親#1 (ショートショート)

【父親】

私は腕利きの殺し屋だ。

自分で言うのも言うのもなんだが、腕利きだ。
この世界に入って35年、仕事を失敗したことは一度もない。齢15のときに、私は世界をひっくり返した。裏の世界へ来た。
ちなみに足は左、手は右利き。
こちらへ来たきっかけは家族の影響だが、詳しくはプライバシーだ。
私たちこちら側の世界の人間からすれば一般人のプライバシーはないようなものだが、自分のプライバシーは厳守しなければならない。
私たちは、職業柄、依頼の数だけ、いや、その倍以上恨みを買っている。

私が個人的に家計簿をつけていたら、支出の欄には「恨み」の文字ばかりが並ぶだろう。
私は、収支のバランスが崩れないよう、私生活ではなるべく上司にへつらい、困っている人がいたら手助けするようにしている。
副業である会社員を私生活とくくっていいのかは知らないが。
このおかげで収入の欄も「恩」や「媚び」で埋まり借金まみれにはなっていないはずだ。
ただ、やはりものを売るのは容易ではない。恨みを買うのより難しい。気が減る。

私は20代のころは特に自分のプライバシーなど気にしたことはなかった。
もし襲われそうになったら返り討ちにすればいいだけだ。依頼のない殺しはしないが、襲われたのなら正当防衛。
殺しではない、防衛だ。
戦争の大半もこういう口実で始まる。国が堂々とやっているのに、個人が咎められる謂れは無い。

私がプライバシーを気遣うようになったのは、妻と結婚してからだ。
この世界もまっとうな人間ばかりではない。
標的のためにその周りの人間から狙うやつらもいる。実際にそんな話も少なくない。
だから多くは家族を作らないのだが、私は20年前のある日、初めて恋に落ち、それ以降自分の心は妻に握られっぱなしだ。
その後、結婚し、一人息子もできた。あの日から、大切な人を守るためにも自分の正体が絶対にばれないよう配慮した。通り名も変えた。
その結果、今の界隈では、最強かつ謎のルーキーとして、私の通り名を知らないものはいないほどだ。


私以外にも、有名な名はいくつかあった。「ピエロ」「泥棒」「騎士」...。
彼らは何を生業としているのだろう。様々な通り名に思うところはあったが、自分も人のことを言える立場ではなかった。それにしても騎士はかっこいいよなあ。

妻に会ったあの日から、この人は命を懸けてでも守り抜くと決めた。もし、妻を狙うものがいるのなら、必ずこの手で仕留めると。
息子が生まれたとき、私は守るべきものが増えた。しかし、どんなに優秀な殺し屋でも、守るのは得意ではない。
多くの殺し屋には、依頼を受け、私たちに仕事を伝える代理人がいる。依頼人の情報などはその代理人が把握し守っているはずだ。
だから私は依頼された仕事をこなすだけ。
代理人にも、プライバシーは秘密だ。私もそいつのことは詳しく知らない。

守るものが増え、困った私は、その守るべきものの一つに使命を託した。

「父さんがいなくても、お前が母さんを守るんだ」

それが、生まれたばかりで泣きわめく我が子に対して初めて伝えた言葉。
私が人生で初めて弱音を吐いた相手は、大声で泣きわめく赤子だった。

私は、息子が生まれ、16年たった今でも本業と副業を両立しながら、私生活も充実している。
息子は近場の高校へ行き部活や勉強に勤しんでいる。
小さいころから合気道や少林寺拳法を習っており、部活も何やら武道をやっているらしい。
部活が忙しいためか夜帰りが遅いこともしばしばだ。

ある日、代理人から仕事の依頼があった。

その依頼内容を聞いた瞬間、私は過去の自分を憎み、同時に褒めたたえた。
私は失敗しない。優秀な殺し屋だ。


その依頼のターゲットは、
私の妻だった。


決行の日、私は会社を休み、人里離れた森の奥へ行った。
必ず遂行するために、用意は怠らない。
一昨日から借りているレンタカーには、必要なものをすべて積み、いらないものは何一つ載せなかった。
昨晩、仕事終わりに埋めた穴のすぐ近くの木に印をつけておいた。
その木に持ってきた紐を括り付け、木に登り、鞄から取り出した瓶の中から多量の錠剤を取り出し、水で胃へ流し込んだ。

大丈夫だ。私は失敗しない。
ひもは解けないよう結んである。もし、ひもが解けたとしても、私が落ちたときには、地面の中の爆弾が作動するはずだ。
この後、30分以内に爆弾が作動しなければ爆弾はただのガラクタになるよう設計されている。そのため他に被害が及ぶことはない。

用意周到だ。
爆弾は、最悪の事態を考えた最終手段。
その前に私は私を殺せるだろう。
私は腕利きの殺し屋だ。失敗しない。

私は今この瞬間も感謝している。この、最期の使命の依頼人を。


あの時の私を。


私は、ひもで作ったわっかに頭を通し、木の枝から身を下ろした。



睡眠薬のせいか、意識が朦朧としていく中、紐の張りに違和感を感じたが、そのまま気が遠のいていき、目の前が真っ暗になった。

長いようにも一瞬のようにも感じたが、そのあと体に衝撃が走った。



【息子】



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