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#137巷で噂のChatGPTを調べ物に使ってみたら…続報

 以前に#100「巷で噂のChatGPTを調べ物に使ってみたら…(1)」、#101「巷で噂のChatGPTを調べ物に使ってみたら…(2)」において、ChatGPTを使っての調べ物を試しましたが、少し時間がたったので、変化があるかと思い、再度試してみることにしました。
 質問は前回と同じく「著者の経歴について」、「大阪府選出の貴族院議員について」、「久保田真吾が地方名望家として果たした役割について」、「深瀬和直の来歴と業績について」と同じ質問を設定しました。同じ質問をすることで、時間を経たことによる変化を確認してみましょう。(今回の調査は2023年11月16日に実施しました。その後に同じ質問をした場合には回答内容に変化があるかも知れないことを、あらかじめお断りしておきます。)

 まずは、「著者の経歴について」です。回答は下記のとおりです。

■■(著者の名前)の経歴について教えて下さい
申し訳ありませんが、私のデータベースには「■■(著者の名前)」という人物に関する具体的な情報が含まれていません。■■(著者の名前)が公に知られている場合、それについての情報は私のトレーニングデータには含まれていない可能性があります。もしくは、情報が新しいものであるか、一般的にはあまり知られていないかもしれません。
■■(著者の名前)に関する正確な情報を入手するためには、インターネットや公式な資料、ニュース記事などを調査することが役立つかもしれません。彼が有名な人物でない場合、情報が制限されている可能性もあります。

「■■(著者の名前)の経歴について教えて下さい」という質問に対するChatGPTの回答による

 前回の回答では、何が何でも著者をギタリストにしたてあげるような回答でしたが、今回は「判らない」という回答になっています。以前にも記しましたが、著者の名前は字使いなども少し変わっているので、ネットで検索すると本人の情報しか出てこないという状態です。新聞などに掲載された情報などもあるので、簡単な略歴などはネット上からも拾える状態ですが、「広く公に知られていない」という判断をしたためか、ネット上にある情報も拾ってきていない回答になっています。

 次に「大阪府選出の貴族院議員について」の回答です。

大阪府選出の貴族院議員について教えてください。
大阪府選出の貴族院議員に関して、具体的な名前や詳細な情報を提供するのは難しいです。なぜなら、貴族院は1947年に廃止され、それ以降は存在していません。貴族院は日本の憲法改正に伴い廃止され、現在の国会は衆議院と参議院の2つの議院から成り立っています。
貴族院が存在した時代は、明治時代から昭和時代初期までであり、その後の政治体制の変化によって廃止されました。貴族院議員は、皇族や華族(貴族)出身者、または特定の分野で功績を上げた者などが任命されていました。
もし特定の時代や人物について詳しく知りたい場合は、具体的な時期や名前を教えていただければ、可能な限りお手伝いします。

「大阪府選出の貴族院議員について教えてください」という質問に対するChatGPTの回答による

 こちらは前回は”トンデモ回答”でしたが、今回は「判らない」という回答になっています。一応こちらもネット上にはさまざまな情報があるので、それを拾ってきていない回答になっています。

 続けて、著者の調査対象である、大阪府最初の貴族院多額納税者議員の久保田真吾について、「久保田真吾が地方名望家として果たした役割について」の回答です。

久保田真吾が地方名望家として果たした役割を教えてください。
申し訳ありませんが、私のデータベースには久保田真吾に関する具体的な情報がありません。おそらく、久保田真吾に関する情報はあまり一般的でないか、私のトレーニングデータに含まれていない可能性があります。
もし久保田真吾についての情報が新しく公開されたり、注目されたりした場合、それについては私のデータベースには反映されていません。最新の情報を得るためには、信頼性のあるニュースソースや歴史的な文献を参照することをお勧めします。

「久保田真吾が地方名望家として果たした役割を教えてください。」という質問に対するChatGPTの回答による

 こちらの回答も「判らない」となっています。普通にネットで検索すると、同音で別表記のミュージシャンの情報が多く出てきますが、そちらは拾ってきませんでしたので、正しい選択をしています。

 さらに続けて、こちらも著者が調査対象としている、大阪府で郡長職を長く務めた深瀬和直についての質問で、「深瀬和直の来歴と業績について」の回答です。

深瀬和直の来歴とその業績を教えてください。
私の情報は2021年9月までのものであり、深瀬和直の最新の情報は含まれていません。2021年時点での情報に基づいてお伝えします。
深瀬和直(Kazuo Fugase)は、主にファーストリテイリングの経営者として知られています。以下は彼の簡単な来歴と業績の要点です:
出身と学歴:深瀬和直は1954年に生まれ、広島県出身です。彼は早稲田大学を卒業し、その後、1978年にファーストリテイリング(Fast Retailing)に入社しました。
ファーストリテイリング入社後:入社後、深瀬は様々なポジションを経験し、1994年にユニクロ(UNIQLO)のマーケティング部門のリーダーとして赴任しました。ユニクロは当初困難な経営状況にありましたが、深瀬は独自の戦略を導入し、ユニクロを世界的なファッションブランドに育て上げました。
ユニクロのグローバル展開:深瀬はユニクロを日本国内外に展開する中で、独自のビジョンと経営手腕を発揮しました。低価格ながら高品質でスタイリッシュなアイテムを提供することで、ユニクロは多くの国で成功を収め、深瀬は企業の成長に大きく貢献しました。
経営者としての役割:深瀬は後にファーストリテイリングの代表取締役副社長や会長を務め、グローバル展開や持続可能な経営において企業を牽引しました。彼のリーダーシップのもと、企業は多様なブランドを抱え、国際的な成功を収めています。
なお、これらの情報は2021年9月までのものであり、最新の状況については公式な報道機関や企業の発表を確認することがお勧めです。

「深瀬和直の来歴とその業績を教えてください。」という質問に対するChatGPTの回答による

 こちらは前回同様に現代の企業の役員としています。前回も記載しましたが、調べた限りでは、その企業に「深瀬」や「和直」という姓や名の役員はいませんでしたので、一体どこからこのような情報を作り出してきたのかは不明です。

 因みに、今回、もう一つ質問をChatoGPTにぶつけてみました。歴史上の人物で誰もが知っている「織田信長」について、その「生涯についての要約」をさせてみました。その回答が下記のものです。

織田信長という人物の生涯について要約してください。
織田信長(1534年または1536年 - 1582年)は、戦国時代の日本の武将で、戦国時代後期から安土桃山時代初期にかけて活躍した武将・戦国大名です。以下に、織田信長の生涯を要約します。
生い立ちと家族:1534年または1536年、尾張国(現在の愛知県)で織田信秀の次男として誕生。家督を巡る家族の内紛や外部の脅威に晒されるなど苦しい時期を経験。
覇権の奪取:織田家の当主としての座を巡り、兄弟との争いを制し、家督を継ぐ。1560年、桶狭間の戦いで今川義元を破り、尾張の中心地を確保。
連勝と領土拡大:1567年、岐阜城を占拠し、美濃国を制圧。1568年、京都へ進出し、織田勢力の拠点を築く。1573年、足利義昭を奉じて室町幕府を奪取、室町幕府を滅ぼす。
国政の改革:信長は天下統一を目指し、国政改革を進める。農業の奨励や商業の発展など、経済政策を展開。
浪人・武将の登用:能力主義を重視し、浪人や他の戦国大名の家臣を登用。明智光秀や森蘭丸(豊臣秀吉)などが知られる。
京都の本能寺での事件:1582年、本能寺の変で明智光秀に襲撃され、自害する。享年約48歳。織田信長の死後、豊臣秀吉がその後を継ぎ、日本の統一を達成します。信長の統治は独自の政策や戦略により、その後の歴史に大きな影響を与えました。

「織田信長という人物の生涯について要約してください。」という質問についてのChatGPTの回答による

 織田信長の生涯について、概ね通説的な生涯の要約を回答として出しているのですが、一か所、「森蘭丸(豊臣秀吉)」、つまり森蘭丸=豊臣秀吉である、というとてつもない間違いを含んでいます。さすがに森蘭丸=豊臣秀吉という情報は”トンデモ本”や創作物ではない限り、そのような記載をしている書籍はないでしょう。

 前回も記しましたが、今回試してみた結果としても、”トンデモ回答”が減少した様子はうかがえましたが、まだ調べ物学習などには使用するには非常に危ない代物であるということが、今回も確認出来たといえるのではないでしょうか。  
 下記の記事のように、使用出来る情報の幅を広げていっていることは間違いないでしょうが、現在のところでは、まだまだ参考にするにも誤った情報が含まれている可能性があるため、その”誤りが判っている人”にしか危うくて使用をお勧め出来ない状態であるといえます。



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