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アメリカ留学までのサイドストーリー

 アメリカの大学院に留学をして2020年には理学療法の臨床博士号とアメリカの理学了承し免許も取得しました。そこに至るまでのサイドストーリー。過程の方が今の学位を取り終わった状態よりも面白い、のか?それまでの過程をインタビューで掘り起こしてもらいました。

このnoteから学べるであろうこと

・しょぼい英語力から始まった英語勉強の履歴
・フィリピンのアリ事情
・貴重品全部(財布、携帯、パスポート、あと地味に長ズボンも)を盗まれてもなんとかなるマインド
・アメリカ大学院での苦労
 おもしろいなと思っていただけたら、後半の有料部分もお読みいただけると嬉しいです!

私の行っている仕事や経歴はこちら
インタビュアーの宮川さんのセブ島留学の記事はこちら

初めての海外

宮川:
留学について色々な質問していきたいと思います。アメリカに行く前、渡航する前のお話になるのですが初めて海外に行ったのはいつですか?

須賀:
初めて海外に行ったのはブラジルに高校1年生の時に行きました。当時のクラブチームではレギュラーじゃなくていなくても大丈夫みたいな感じだったのもあって。それとブラジルってサッカーの本場だから当時三浦知良選手とか色々行っていて、ブラジルが上手くしてくれるだろうってその時は思っていました。それで夏休みに3週間ちょっとサッカーしにブラジルへ行きました。単身というかは何人かその時にサッカー雑誌とか見れば申し込めるみたいな感じで、自分はクラブチームの監督とそのチームが関係していて行くことが出来ました。他の雑誌とかのルートから来た方達とかもいて、最大日本人8人くらい、少ない時は3人くらいでチームの宿舎に泊まりました。フィジカルトレーニングなどもあまりちゃんとやらなくて、結局行ったあとに上手くならなくて。そこで一番気づけたのは、別に環境がよくても自分がやらないと何も変わらないんだってことですね。高校1年生の時にそのことに気づけて、それまで勉強の成績はよくなかったんですけど、その後から少し勉強とか真面目にやる様になりましたね。
 ブラジルへ行く前にポルトガル語全く勉強しないで行って喋れなかったこともあって、外国語喋れるといいなってその時から少し英語のやる気は出たというか、好きになりました。中学の頃から英語はオール3で平均点70点だと大体いつも40から50なん点くらい…。平均点そこそこ下回る点数を毎回とるっていう様な感じでした。

語学への興味と低かった語学レベル

宮川:でもそのブラジルがきっかけで語学を学ぶというか、別の国に行ったりした経験が色々後に活きてくるという。

須賀:
語学に興味を持って勉強し初めても、その時に多読みたいなものだけをずっとやっていて、全然基礎を繰り返しやらない時期でした。国公立どこでも良いから入りたいって思った時にセンター試験で全部一応8割は超えないと行けなくて、英語がその時200点満点中110点しか取れなくて…。確かその年がそんなに難しくなくて120点代とか130点近くが平均点になっていて、自分は55%。「あれ?」って思いました(笑)。東京の国公立大学に行きたかったんですけど、その英語の成績が悪かったので他のところになんとか滑り混んだ感じです。山形に大学で言ったきっかけは間違いなくセンター試験英語で結果を出せなかったからですね(笑)

宮川:
今じゃありえないですね。

須賀:
中学の時オール3、大学受験にリアルに本気で冬休みとか12時間勉強して、それで英語に1番時間使って受けたのに英語の点数がそのセンター試験で一番悪くて。 才能がないんじゃないかなって思いました。

宮川:
今考えれば基礎をしっかりやってなかったことが伸び悩んだ一番の理由になっていると思いますか?

須賀:
そう思いますね。多読といって、読んで次行って読んで次行ってみたいな(当時の勉強法)をずっとやっていました。他の良い点数をとれた科目はちゃんとそんなにたくさん手を出さないで、3、4回やったりとかしていましたが、英語では単語帳とか2回やれば良いといった具合、文章の多読ばっかりやっていました。いつも文法問題とか間違えるし、前置詞とか入れたりするのを曖昧に覚えていたから全部引っかかるっていう。点数が良い時でも摸試で7割いけば良い方、そういう感じで過ごしていて…。それも今となっては英語を教えたりするのに役立っています(オンラインサロンはこちらのページから)、どんなにやってもちゃんと基礎をやらないと点数は上がらない。

海外の印象

宮川:
なるほど、大事ですね。それでその後に学会などで色んな国に行かれたということで、シンガポールを始め、イタリア、台湾に行かれて1番料理が美味しかった国はどこですか?

須賀:
料理が美味しかったところ…日本であることは間違いないですけど、イタリアは美味しかったですね。炭水化物フェスティバルがすごかったですけど。朝からパンとパスタとかあって昼もパスタとピザとか。それか完全ベジタリアン派がいる、といった印象でした。

宮川:
そうなんですね。

須賀:
あと甘いのがたくさんありました。なんかもう砂糖とかたくさん入っている飲み物が当たり前で、しかも水が硬水なので、いろんな物が合わさって砂糖取りすぎ、グルテン取り過ぎで。コーヒーが有名なのでコーヒーも多く飲んでお腹壊したことがあります。トイレがなくて大変でした(笑)。でも全般的に料理の味は美味しかったですね。

宮川:
トイレ、気をつけた方が良いですね。その時に色々な国に行かれたと思うのですが、他の方と会話をするときにどの様な手段を使っていましたか。例えば自分で英語を話すだったり、通訳者についてもらったりとかはありましたか?

語学勉強の履歴

須賀:
通訳者についてもらうのはほとんどなくて全部一人で行きました。イタリアに行った時も、シンガポールに学会発表で行った時もあんまり分からないというか、リスニングがあまり出来なかったのでもっと出来たら良いなぁという状態が続いて。
 話が外れますがFascial manipulationⓇの講習会で通訳させてもらっていますけど、初めて出たのが2013年の時で、それで次出るまでにはもっと出来る様になりたい!というのをしばらく続けていました。記憶にあるのが初回から2年後に復習参加した時、講師の先生と通訳の先生と席が一緒になり、講師の先生が話されていたのを聞いていて、思っていたよりも理解出来なかったなーと。2015年のシンガポールの学会でも「ああ、結構わかんないな。」って思ったのを覚えていますね。それが27、28歳とか。あんまり分からないのにいきなり行って。

宮川:
なるほど、そこから徐々に色んな刺激を受けて英語に対する意欲というか、モチベーションが出始めたと思うのですが、そこから英語の勉強として、フィリピンのセブとバギオに留学をしに行くという点についてですが、須賀さんがセブに行こうと思った時はいつ頃でしたか?

須賀:
行こうと思ったのが確か2017年とかで、行く前にオンライン英会話1000回以上、1200回くらいやったかな。25分のやつを3年くらいかけてやっていましたが、その中に反省もあって。続けるぞといって継続が出来る様になったのは良いですけど、途中惰性でとりあえず続けただけっていう、フリートークを軽く行うだけで終わりとか。本当に大事なのは、使う時間とちゃんと文法とかフレーズとか表現とかを覚えてそれを使うってことをしなければいけないのに、ただとりあえず続けるぞっていうのでやっていました。それと4ヶ月で終わるTOEFLのコースが終わらなくて、4万円くらいするやつを3回購入して受けてTOEFLの80点行かなきゃいけないのが71点しか行かなくて。。。これは(留学に)行くしかないと思って、集中的に出来るセブに行って、1ヶ月で2点だけアップして73点になって。日本帰ってきて仕事はもう辞めますと伝えて、その後アメリカの大学に行きたいみたいな感じで勉強していました…。仕事を辞めても全然届かなかったからバギオに2ヶ月行って、結局目標点まで上がらず…。

宮川:
以前おっしゃっていましたよね、確か78点くらいまで…。大学院留学には80点が必要ですもんね。

須賀:
そう、フィリピンのバギオ滞在2ヶ月で惜しいところまで行って、また3ヶ月くらい経ってこれはダメだなって思ってもう1回で行ったんですよね。それは結局プラスで4ヵ月滞在しました。それで93/120点まで行きました。ある程度高いレベルの大学院でも英語力で足切りされることはないレベルです。留学前の時点、この話をしている1年半以上前に受けた時にその点数。アメリカの大学院を出て今点数がどのくらいになっているか分からないですけど、それが今までのベストでした。

宮川:
結構その日本で英会話を受けて勉強するパターンと、セブで集中的に勉強する両方のパターンを体験されたと思うのですが、圧倒的な違いというかここがダメだったから日本で出来る限界が見えてしまったというか、そういうことを感じたことはありますか?

須賀:
やっぱり仕事しながら英語をやっていて、さっき話したみたいにあんまり基礎が出来てない状態でずっと続けていたっていうのもありました。とても基礎のある人だったら80点までは日本でいけたと思うのですがそれが無くて…一回人生かけて勉強してみようかなと。フィリピン留学に行って1日10時間くらい平日勉強して、集中的に出来たのは本当によかったなと思っています。ただ、もっと基礎があった状態で行った方が、伸びたなぁっていう。そこそこやってから行った方ではあるんですけど、周りに比べれば。英語を教える認定として取得したTESOLの知識とそのときのどれくらいどのときに行えばいいのかわからないという経験は、今の英語の学び方をコーチングする仕事にとても活きていますね。

フィリピンで驚いたこと

宮川:
基礎が伸びしろに変わるという…なるほど。セブに行って衝撃を受けたことやここでしか言えないエピソードとかありますか?

須賀:
セブに行った時にこんなにアリがいるのかって思いました(笑)。ちょっとお菓子を開けて置いておくとアリが群がるっていう、どこから入って来るの?っていうくらいアリがいる…。

宮川:
アリたくさんいますよね。

須賀:
結構色んなことを経験していて色んな国に行ったことがあるような違う環境にオープンな女性の人はいましたけど、流石にセブで歯ブラシ置いた時に、歯ブラシがアリだらけになった時は心が萎えたって言っていましたね、もう帰ろうかと思ったって(笑)。

宮川:
結構心折られますよね…。

須賀:
それで次にバギオに行った時にはサッカーをしている間に財布と携帯とパスポート、バックごと盗まれて、サッカーでドロドロの格好のまま警察に行きましたね(笑)。

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