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短編:【春に見たかったな】

「この両側の樹って桜だよね」

川沿いの公園に立ち寄った所で彼女が言った。
「そうだね。春になると多くの人がSNSに載せている場所だね」
陽射しはあるが、寒い季節に見た風景は青い空の他はモノトーンに見えた。

「一緒に見るチャンスはあったのにね…」

付き合って1年と半年。
さっき彼女と別れ話をした。
彼女も納得をした。
理由は、まあ小さな積み重ねとしか言いようがない。お互いに努力をしなかった。僕も悪かったし、彼女にも否はあるかと思う。

2人は夏に出会った。アプリのおかげだった。ネットには長けていても、リアルな人付き合いは難しかった。それでも僕にとっては精一杯頑張ったつもりだった。

「ほら、この写真も…」
僕はネットにある、ここから見える桜の画像を彼女に見せてあげると、そのスマホにぶつけるように呟く。
「あのさ…この場所にいるんだから、リアルに見たかったよね」
「デタッ!」
彼女がキッと睨みつける。一言多い。それが彼女の悪いクセである。嫌味というより、思った時に思った事を口に出してしまう…そんな性格だろうか。

僕は問いかけた。
「じゃあ今日で別れるけどさ、またここで春に再会してみる?」
思いつきではあるけれど、いまは男女の友情も普通である。春にまたこの場所で。悪くない提案だと思った。

「桜を見ながら再会?」
「そうだね。少しの冷却期間をおいてさ…」
「再起動したら何かが変わってるみたいな」
「悪くは無いよね…」

彼女はさほど興味が無いようだった。
「何でそんなにクールなんだろうね」
寒いベンチに腰掛けて彼女はつぶやく。
「冷たいんだよな…」
ベンチに文句を言うように。
「想像力が乏しいんだよね…」
ちょっと強めの独り言。

「ね、さっきの画像見せて」
「桜の?」
「そう」
彼女はそのスマホを、本物の景色の方へ出して、僕ら2人でそれを見る。

「さっきの別れ話、春まで待てないかな」
「え?」
「あと少しじゃん。春になって花を咲かせるその時まで、ほんの少しお互いに我慢することは出来るんじゃないかな?」
「本気で言ってる?」
「結論出すの、本当の景色を見てからでも良くないかな、ってそう思う」

前に突き出したスマホを、手慣れた操作でカメラに切り替え、画面が見える方向にしながらパシャリと1枚撮る。彼女が泣いている顔が見える。そしてもう1枚。今度は笑っている。

「その時どうなっているか分からないけど、なんか…」
付き合うのは簡単で、分かれるのも簡単。
「なんか、華やかでみんなが笑っている写真だけじゃなくて、この景色も含めてこの場所なんだと思ったワケ。みんなが恋愛ってこんな感じと思ってやっていて、何かが違うとすぐに別れれば終わり、みたいな。もう少し頑張ってみて、それでも違ったら改めて分かれるでもイイような気がしたんだよね…」
彼女が撮った2枚の自撮り写真。僕の表情はどちらも冷たい印象だった。
「期間限定、春まで。その時2人が笑顔だったら延長すればイイ、ね?」

分かれることを納得していたワケでは無かったようだ。
「ただね、これからはお互い、言いたいことをもっと言おうよ。私はね、言いたいことを君にぶつけてるのに、いっつも“出た”って顔をして…」
そうだったんだ。気づいていて、それを言うのを我慢していて…
「執行猶予、春まで!延長あり!ね、やってみよう?」
僕は頷くしかなかった。

彼女の泣き顔と笑顔、2枚の写真、これは消すわけにはいかないな…もしかしたら、結婚式の余興で使う大事なピースかも知れないから…

     「つづく」 作:スエナガ

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