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短編:【橋の下でアナタと】

「昔ってさ、“お前は橋の下で拾って来たんだぞ!”とか言って、子供を“しつけ”てたんだって」
「ナニソレ?赤ちゃんはコウノトリが運んで来るなみの都市伝説?」
「都市伝説というか、言う事聞かない子はウチの子じゃない!ってことでしょ?」
「え〜でもさ、そんなこと言われたら精神的な虐待だし、超トラウマ植え付けちゃうんじゃない!?昭和コワ!」

ファストフードのカウンター席に横座りの高校生カップルの会話としては、随分と風変わりなテーマである。昭和という時代は、善くも悪くも色々と面白い時代だった。令和のいま、様々なメディアによって昔と今を比べる情報番組や、SNSなどで古き善き時代の伝説がまことしやかに囁かれるなど、今どきの若者によって伝わっている。

「この国で、橋の下に子供置いて行っちゃうなんて、ありえないでしょ?」
「そうでも無いみたいだよ。SNSでさ何とかって芸人がそんな話しててさ、ほら、どこかの教会とかで、赤ちゃんポストとかあるでしょ?」
「え、そんなのあるの!?」
「あるんだって!その芸人さんとかモデルの人が言っててさ…映画にもなってたし。実際、子供を産んで育てられない親もいるんだって…」
「それヒドくない!思いっきり無責任じゃん!?」
「仕方ないよ、子供欲しくても出来ない人もいれば、子供が出来ても色々な理由で、ほら、経済的とか年齢的とか…」

彼女は飲み物をズズズと飲み干し、会話を変えた。
「あの…さ、今日話しがあったんだ」
気持ち表情が真面目モードに入った気がした。
「何?どうした?」
「…あのね…私…、“できちゃった”んだよね」
「できちゃった?…新しい彼氏とか?」
「違う違う…赤ちゃん」
「赤ちゃん…赤ちゃん!?」
「赤ちゃん」
ハンバーガーショップに響き渡る声で、何度も繰り返す「赤ちゃん」という言葉。真顔なのがリアル。
「え!え?オレの子!?」
「ほら、橋の下で君とキスした日、ウチに来たでしょ。計算バッチリ合うんだよね」
「橋の下って…」
「無責任なこと言わないよね?」
「え、どうするの?」
「どうするの…って?」
「その…産むの?」
「たぶん出産して、育児する頃には高校は卒業してるじゃない?…私そのまま地元の専門に行くつもりだったから、その専門は諦めて、ママ専門で頑張るかな…」
「ちょっ…ちょっと考えさせてくれる」
「考えてもいいけど、まず、産むありきだからね。まずは二択だ、そのまま付き合うか、別れるか」
「僕は4月からは東京の大学に行くから…ソバにいてあげられないし…」
「ソバにいなくてもイイよ。ちゃんと大学に行く。バイトもして養育費も稼ぐ、ちゃんとイイパパになる」
「なんで、そんなに冷静でいられるの?子供を出産するんでしょ?」
大きな口を開けて、チーズバーガーを頬張る彼女。
「別れるか。いいよ、逃げるなら今しかないよ…」
「逃げるって…そんな無責任なことはしない!しないけど…心の準備ってモノが…」
「私とは結婚できないか…」
「違う!そうじゃない!そうじゃない…けど…せっかく頑張って入った大学だし…」
「せっかく頑張って出来た彼女と、かわいい我が子とは、引き換えにならないか…」
「だから、違うって!」
しばらく葛藤がある。悶々と何かを考えている。

彼女は大袈裟に手を振りながらことなさげに、しかし真顔のままに声を出す。
「ウソウソ!全部ウソ!」
「う、ウソ?」
「ほら、春から東京の大学行っちゃうでしょ?私のこと、どう思っているのかな〜、って思ってさ…」
「試したの!?」
「忘れて。私も新しいことやることにしたから、あ、でも行く予定だった専門学校は辞めることにしたから」

ウソだと言うのに、いつものようなイタズラっ子みたいな笑顔は出てこない。言葉も至って冷たい印象。
「専門学校を辞めるのは、ホントなんだ!?」
「そうだね。…ごめん、ちょっと飲み物なくなったから、買ってくるね」
そう言って、カバンをテーブルに乗せて、財布を取り出す。そのままチャックを閉じずに、彼女はレジの方へ向かう。開きっぱなしのカバンが気になって、ちょっと覗いてしまう。地味な学生カバンの中には実に似つかわしくない、彩り華やかな結婚情報誌の表紙が見えた。

「何か凄くレジが混んでた〜」
彼女はことなさげにストローを差して飲みながら歩いてくる。
「あの、さ。本当なんでしょ?子供が出来たって」
「…なんでそう思うの?」
「だって、そのカバンの中の…」
「見たの?」
「見えた…」
「あ〜見ちゃったか〜、最後に驚かそうと思っていたのに…」
学生カバンから出てきた、色鮮やかな結婚情報誌。ジュースを飲む彼女と対象的に、息を呑む彼。

手慣れたように目的のページを捲って見せる。
「じゃ〜ん!ここ!」
あるページの写真を指差す彼女。
「ここ?え、映ってるじゃん!」
「なんか、前にオーディション行って、少しだけ、モデル…みたいなことで、出ちゃった!」
「スゴイじゃん!」
「ホントは、今日さ、“できちゃった”って話じゃなくて、“でちゃった”って話をしたかったんだよね」
「できちゃった…でちゃった…」
「なのにテーマが何か重い話になっちゃったし?」

雑誌に写る自分の姿をまんざらでもなく眺める彼女は軽く首を動かしてストローを吸っている。
「あのさ…いまの話でちゃんと考えたんだけど…やっぱり長距離になるかも知れないけれど、ちゃんとオレと、付き合ってくれないかな!?」
「長距離なんて、多分無理!」
即答だった。
「だってさ…」
「だからこれを気に、私も東京に出ようと思うの!」
「…東京に?」
「今回お世話になった雑誌の人が、これも縁だからって、ちゃんとした事務所の人に声をかけてくれてね」
「本当にスゴイね!」
「私、かわいいんだよ」
「うん、かわいいと思う!ですから!是非とも正式にお付き合いを…」
「さっきの反応見ちゃうとなぁ〜」
二人で笑っていた。

実際、本当のことはわからない。しかし女性には、特に彼女には、女優への可能性が秘められているように思える。笑いながらも、これから始まる新しい時間の予感を感じていた。

「でも、この写真…なんで橋の下で撮ったのかな?」
「何か東京の川には、画になる橋がたくさんあるらしくてね、そこで撮ったんだよね」
「まあ、昔から河のほどりで文明も栄えるって言うしね…」
「水辺には、新しいことが始まるチカラがあるのかもね…」
「そうだね…でも、これからモデルさんになるなら、橋の下でキスしてる写真とか、撮られないようにしないとね」

     「つづく」 作:スエナガ

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