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短編:【季節の移り変わり】

「もう桜の季節も終わっちゃったね」
「毎年思うけど、この3月4月って本当に早いよね」
「去年の今頃、何していたか覚えてる?」
彼女と付き合って、もうすぐ3年。始まりは友達の紹介…というか飲みに行った居酒屋に彼女がいた。一目惚れというほど、センセーショナルな出会いではなく、なんとなく、ヌルっとした始まりだった。
「去年ね…マスクしていた記憶しかないな…」
「外出制限とかね…」
「そっか…初めて会った時は、アクリル越しだったんだね」
「なんかアクリル越しって言い方、留置場の面会みたいだね…」
「いや〜なんか、色が無かった時季だよね」
ヌルっとした始まりとは、つまり、人と合うことが憚れる時代に、それでも誰かとつながっていたいと想う気持ちから始まった付き合いだからなのかも知れない。
「そういえばリアルな花見もしてなかったよね」
「リモート飲み会というか…お互い缶ビールを持って、スマホの画面越しの花見ばっかりだったしね…」
「そっか、アクリル越しとかスマホ越しとか…多少なりとも距離のある時間だったね」
彼女がそっと手を握って来る。僕も優しく握り返す。
「色が無かった時季…なんかイイ表現だね…」
「みんなコソコソしていたみたいで、楽しいって気持ちがどこかに行ってしまって、マスクの下で表情も無くなっていたような毎日だったかな…」
「でも仕方なかったんだろうけどね」

「就職、恋愛、結婚、出産…なんか全ての人が生活全般で多少なり影響がある時間だったよね…」
散った花びらの上をゆっくり歩く。
「良くあるじゃない…過ぎた後に振り返ると笑い話になるようなこと」
「まあ今もすでに、あの時間は何だったんだろう?という思いかな」
「過去なんだよね」
「歴史の教科書とかにも書かれるような出来事だった訳だよね…」
「どうだろうね、近代史で3行くらいサラッと出てきそうな感じかな」
「その中にいる時って、もう本当に辛かったり、我慢していたり、色々考えたのにね」

「なんかこの春は、何かが動き出す時なんだろうね」
穏やかな風と共に、桜の花びらが散っている。
「結婚…」
「ん?」
「結婚…いやさっき、結婚、出産って…」
「うん、全ての人に影響があった時間だねって」
「サラリと言っていたから気づかなかったけど」
「うん」
「動き出す時だから…どうだろう…僕らも、結婚…考えてみては…」
「何それ?」
「何それって…まあ、プロポーズ…」
「結婚を考えてみる、って、私はもうずっと前から考えていたけど、こんな公園歩きながらプロポーズされるとは思わなかったかな…」
「まあそうだよね」
「でもなんだろう…こういう普通の時間が、自分の意志と関係ない所で捻じ曲げられて、本当急激に変わってしまう現実がわかったから…形じゃないんだなって…」
「どういうこと?」
「震災やウイルス、戦争…どんな脅威がこういう普通の時間を一変させるかわからない時代だから、なんかもっと素直に自分の感情や気持ちと向き合わないと、後で後悔しそうだな、と思うようになったのね。前だったら、プロポーズされるなら、小洒落たお店や眺めの良い高台で、みたいな変な願望があったけれど…いまは、イイかな…」
「イイかな?」

手をつないだまま、前を向いて歩いている。
「結婚、宜しくお願いします」
「さらりと言ったね…」
「なんか変わらず、こうやってゆっくり生きて行けるなら、それもイイかなと思ってね…」
「明日はどうなるかわからないしね…」
「そうだね。そうだね…」
照れ隠しにつないだ手を大きく振るふたり。
「来年の桜の季節には、去年の今頃、公園でプロポーズしたんだな、って思い出すのかな?」
「何でもない日に、感謝して生きないとね」
「そうだね」
公園のベンチに座ってスマホで写真を撮っている若いカップルが目に入る。
「桜が素直に見られる季節になって…良かったね…」

季節の移り変わり。人生の変わり目。世界が力づくで変わろうとするのならば、私達は自分の意志で小さな変化を選択する勇気が欲しい…

     「つづく」 作:スエナガ

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