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短編:【花の教え】

「最近の桜って花びら白いよね…」

彼女はそういう敏感な感性を持っていた。
「白い?」
僕には、桜の花びらがピンクに見えていた。いや、そう思い込んでいたのかも知れない。周りを見渡すと、至るところで花吹雪が舞っている。

僕には20年間、彼女がいない。奥手というか、人付き合いが苦手というか。大学に進み、同じゼミを専攻した彼女と出会った。

「もちろん品種によっても違うだろうけど…昔の花吹雪ってもっとピンク色だったと思わない?」
「ああ、そう…かもね…」
話を合わせてみる。
「自生の桜ってさ、自分では子孫を残せないんだよね」
「え?どういうこと?」
落ちてくる花びらを空中で掴むようなアクションをしながら彼女が続ける。

「ほら、同じような街路樹でも、イチョウがあるでしょ?秋になると葉を黄色く染めて舞い散って、銀杏を飛ばして、それが潰れて独特な匂いを出す…まあそんなこともあって最近は嫌煙されているらしいけど、でもちゃんと種を作っているでしょ?」
春に秋の話がポンと出てくる彼女の思考回路には驚かされる。
「でも桜もサクランボがあるんじゃない?」
「…ねえ、葉桜になって、ちゃんと大きな種のあるサクランボって実っている街路樹、見たことある?」
「あ〜、そう言われると…無いかも…」
良く観察をしている。だから桜の色に変化があることに気づいたのだろう。
「そもそも街路樹になっている桜はね、掛け合わせの品種改良で出来たものなんだって。苗木を育てて植えて拡散しているらしいのね。だから大きく育っても、その個体からは子孫は残せない…」
「そうなの!?じゃあサクランボは?」
「それもサクランボが出来るように改良された木なんだよ…」
品種改良という四文字が頭に浮かぶ。

「え、じゃあそれと花が白いのは関係あるの?」
「そう。若い桜は花がピンクで、いま私達が見ている桜の多くが老木からの派生でね、老木に咲く花は白くなるんだって」
「老木の花は白いの!?はじめて聞いた!」
「この国に植えてあるほとんどの桜が、最初の1本から人工的に枝わかれして、近年瞬く間に拡散されて彩ってきて、でも実際は老木だから花の色が白いんだって…」
何となくクローンがドンドン量産されることで、オリジナルの色が薄くなるイメージが脳裏によぎる。好奇心を持った時に調べたのであろう、彼女の学習心にはいつも感服させられる。

「なんか人が年老いて髪の毛が白くなるみたいで…儚いと言うより、切ない感じがするな…」
僕は素直な感想を述べる。彼女は僕に優しく楽しそうに話を続ける。
「だけど不思議よね、子供の書く桜は、みんなピンク色…」
「そうだね。僕もイメージではピンク色だった…もう刷り込まれているのかな、桜はピンクって!」
「案外、梅や桃とか、春に咲く他の花もみんな桜だと思ってるかも知れないよね。固定観念…既成概念」
「ん、固定観念と既成概念って、意味が違うの?」
「固定観念は個人が思うこと。既成概念は世間が思う概念らしいね」
「は〜、どちらも桜はピンクだと思い込んでいるって訳だ…」
「…勝手な思い込みを信じてはいけない。自分の目でちゃんと見て、確認して、確かめて…」
彼女の観察眼、思考に圧倒される。

「でね…」
僕には話の流れが見えなかった。
「良かったら、付き合って欲しい…」
「え、あ、何?買い物?いいよ、付き合う!」
彼女は手を後ろで組んで上を見ている。花吹雪の中で輝く顔は神々しく見えた。
「あれ、…映画だった?」
「私と、付き合って欲しい。…ずっと見ていて、本当にいい人だとわかったから…」
「あ!…と…え〜」
何を言うのが正解なのだろう。
「私と、これからも一緒に…」
「あ、はい!髪の毛が白くなるまで!…あの…」
笑い出す彼女。
「よろしい!」

手を繋いで歩き出す。桜の花吹雪が僕にはピンク色に見えた。

     「つづく」 作:スエナガ

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