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短編:【カフェにて(恋のリベンジ篇)】

通り横にあるそのカフェは、電源やWiFiが自由に使えることもあり、保険の勧誘、金品の営業販売、中には芸能事務所の面談や、ノマドワーカーなど、ちょっとクセの強い客が多く訪れ、なにより長居をしていてもあまり迷惑そうな顔をされないことが魅力の店だった。

私は、そのカフェまで徒歩3分の激チカ物件に住んでいた。あの日以来、…正確には数週間前、長く付き合っていた人と別れてから、暴飲暴食をしてはトイレで吐く、過食症にも似た行為を繰り返してしまう日々を過ごしていた。部屋にいると気が滅入ってしまうので、少し外の空気を吸おうと外出したものの、気分転換どころか、二日酔いと自堕落な生活のせいで胸の奥からムカムカした状態だった。
「あ〜最悪…」
毎晩のお酒と涙でむくんだ顔を、必死に隠すよう大きな帽子を被っていた。
「もう…なんなのよ!ここの写真付きの大きい看板は…」
カフェ前に到着。美味しそう…眉間にシワを寄せ、文句を言いながらもついつい見入ってしまう。心と体が反比例して、気持ちは空腹、身体が食事を受け付けない、そんな感じだろうか。
「はぁ…お腹すいた…」

通りに面した店内のカウンターで、今日もノマドワーカーのような男性が、ノートPCの電源を刺し、仕事をしている。開いた資料の横には皿に乗せた食べ物が見える。
「ソーセージドック…」
見たものが言葉で出てしまう。目でそれを追っていると、男性はムンズと片手で持ち上げ、これみよがしに大きく口を開き、ガブリと食べた。
「え!?信じられない!」
男性を思わず睨みつけてしまう。こちらを見るその目は、明らかにいたずらっ子のそれであり、私をあざ笑うような視線を向けていた。
「この男…!」
一旦、気を鎮めようと看板の前から離れる。しかしさっき見た侮蔑の目が頭から離れない。
「あいつ、笑ってたよね!?」
被害妄想とは恐ろしいもので、どこでどう恨みを買うかなんて、予想だにできない。

悔しさのイライラと胸のムカムカと様々な感情がブレンドされて、結局、私はカフェの店内へと突進した。
「いらっしゃいませ〜こんにちわ〜」
店員が発する心にない挨拶も私の柔らかい逆鱗に触れる。近所なので何度も顔を見られていることだろう。妙な噂を立てられてはたまらない、変な悪態もつけない。
「紅茶を…ホットで」
「以上でよろしいですか?」
グッと我慢をする。口を開いたら『あと…食べ物』と注文してしまいそうだ…。
「…はい…あ!…あっ…温かいモノで…」
「店内でよろしかったですか?」
もう早く解放されたい!
「あ、はい…」
「ご注文を繰り返させて頂きます〜」
ここの店員、ワザとやってるんじゃないでしょうね〜!?

温かい紅茶を受け取り、気持ちを落ち着けようと席に着く。口の中いっぱいにダージリンの香りが膨らむ。美味しいモノを頂く間だけでも、ゆったりしたいと思うのだが、温かい飲み物によって胃袋が活性化し、繰り返し空腹を知らせてくる。そうこうしていると、店内にランチ時間のビジネスマンがちらほら。テイクアウトもあるため、店内で一気に“飯テロ”が起こる。
「ああ…この食事の匂い…」
お腹の鳴る音が周囲に聞こえていないか心配となり、席を立とうとする。その時、目の前の世界がグルンと回る感覚が襲って来た。

ガシャーン!
何?耳元で鳴った…あれ?私が倒れている?
「救急車!」
「何?どうしたの?」
店内に響く声。

「わかりますか?わかりますか?」
救急隊員に声をかけられ、目を開く。視線の先に、さっきカウンターにいたソーセージドック男が立っている。この男だけは許さない!…無意識に手を伸ばす。
「お知り合いですか?」
「あ、いえ、たまたまこの場所で…」
この男、言い訳してる?逃さないわよ!空腹の私にいぢわるした罪は重いんだから!…

「あ、薄っすら目を開きました!」
そこは救急車両の中だった。さっきのソーセージドック男が横に座って私を覗き込んでいる。付き添わせちゃったのか…
「わかりますか?いま病院に向かってますよ!」
私はわかるように首を近づけ彼に告げる。
「…ゴメンナサイ」

病院に着くと処置と共に、警察も来て事情聴取が行われる。事件性はない。ソーセージ男も知り合いじゃないと伝える。倒れた理由は私が一番わかっている。
「無理なダイエット」
正確には食べては吐き出す不健康な生活。頭がクラクラする。点滴スタンドを転がして待合室へ出る。そこにはソーセージドック男が立っていた。

病院での診察、警察官からの尋問を終えて解放された私は、自宅に帰る道すがら、先程のカフェに立ち寄っていた。近所で迷惑をかけた謝罪もあった。なぜだか、あのソーセージドック男も付いて来た。
「まあ、とりあえず、大事に至らなくて何よりです」
なんでこの男は付いて来た?待っていてくれた?
「そうですね」
疑問が拭えず、どうしてもトゲのある言い方になってしまう。
「僕にも一言、謝って欲しいですね」
何をヘラヘラ言ってるんだコイツは?何故私が謝らなくてはいけない!?
「謝ったじゃないですか、…救急車の中で」
確かに、と顔に書いてある。
「無理なダイエットは止めた方がイイですよ」
なんだコイツ!?
「あなたに何が解ると言うんですか !?」
つい口調が強くなる。
「…解らないですけど」
空腹とイライラで感情が爆発する。
「我慢して、我慢して、なのに !あんな大きな口でパンを頬張る、あなたを見て、悔しくて悔しくて !」
「そ…」
男は反論できずに口ごもる。
「それは失礼しました…」
「そうじゃなくて !ダイエットだって、先日彼に振られたことが原因で !もう悔しくて悔しくて…」
いや、目の前のソーセージドック男は関係ない!関係無いのに…
「それで痩せようと…」
初対面でたまたま出会って、救急車に乗せられて、ただそれだけで…
「振られた反動で、食べちゃったんですよ !太っちゃったんですよ !だから、だから…」

沈黙が流れる。

「そんな太ってなんかいませんよ」
何にも知らないくせに!
「太ってますよ !前よりも太ってます !」
「前のことは知りませんが、いや、あなたのことは何も知りませんが…」

男性は静かにアイスコーヒーを一口飲んだ。
「ゴメンナサイ !…タイプです !」

目の前にいるソーセージドック男が、意味不明なことを言っている。…タイプ?

「何か、窓の外でメニュー看板を見ていたあなたに、意地悪してしまったのも、その、なんというか、好みのタイプだと感じたからかも知れません…」
え〜っと…?
「だから、あの…」
なんだなんだこの展開!?
「このあと、食事に…行きませんか?そう二人で思いっきり美味しいモノ食べて…」
点滴が効いたのかな?ほんの少し、私の体温がポッと上がったのがわかる。
「食べながら、とりあえずこれからのこと…そう、これからのこと相談しましょう。付き合ってもイイ、付き合わなくてもイイ。空腹じゃ、イライラもするでしょ?まずは今から一緒にご飯行きましょう !ね !」
私の目から涙が溢れる。
「あ、でも暴飲暴食はダメですよ !」
この面倒くさい性格を、好きだと言ってくれている…
「大丈夫です。ダイエットしていたから、胃袋が小さくなっているし。頑張ってもたくさんは食べられません」
思わず笑ってしまう。

嬉しかった。と共に何かホッとした。気分転換で部屋を出ただけだ。そして私はやっぱり空腹だった。
「あ、その前に、ここのソーセージドック、一口食べてイイですか?ハンブンコしますから」
彼は少しだけ驚いて、ゆっくり優しく微笑んでくれた。
「イイですけど…」
耳元にコソッと言う。
「もっと美味しい店で、食事しましょうよ」
逃さない、ちゃんと今日のことをリベンジしないと先に進めない。
「あなたが食べていた姿が、あまりに美味しそうだったんです。それも含めて…」
一回下を向いた。
「私も気になっていたのかも…アナタのこと…」
ふたりは大きな声で笑ってしまった。

     「つづく」 作:スエナガ

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【蛇足】

こちらの短編は過去の自分とのコラボレーションです。以前、男性目線で作ったモノを、女性目線でリライトしました。

https://note.com/kic_sue5/n/n107425c37791?from=notice

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