見出し画像

風雷の門と氷炎の扉⑤

「フウマ様とは…その…どんな方なんでしょうか…私は面識はないのですが…。」

生贄の地、その端を目指しウリュとヒョウエは歩いていた。
その途中終始無言だった2人であったがヒョウエが口を開いた。

「う〜ん。何と言えばいいのかしら…。とにかく…強い方ね。身も心も…本当に強い方。」

ウリュはヒョウエに背中を見せたまま話をした。
もちろん表情などヒョウエには分からない。

「強い…方…ですか…我々の様な術は使えないのですよね?」

「うん。でも私のこれが通用した事は一度も無かったわ…。」

ウリュは腰に挿した刃物の柄を握り締めた。

「なんと…。」

「それほど強いフウマ様がなぜこの地にいるのか分からないけど…。お父様、お母様とも面識があるし…話もよくしていたわ。だからこの生贄の地の解放する手がかりも、お父様、お母様の話も聞けるかもしれない。」

「なるほど…。」

ヒョウエはウリュの表情が分からない事に苛立ちながらも思考を巡らせた。
しかしその思考も短時間で終わった。

「フフッ…」

ウリュが笑ったのだ。
予想していないウリュの笑いにヒョウエはぎょっとした。

「ウリュ様?」

「フフフッ…まさかフウマ様と会えるなんて予想もしていなかったわ?私ね、戦う術を学んだ後にフウマ様から言われていたの。もう大丈夫だって。もう会う事は無いだろうって。探してはだめだってさ。」

ウリュの顔は見えないが声色は明らかに昂っている。

「フウマ様はなぜその様な事を言ったのでしょう…か…?」

「分からない…。クウリの話した事が事実で…ヒューに歯向かって…村を追われた…として…その時期と、私を教え終わった時期が重なるなら…。」

ヒョウエは支離滅裂なウリュの話を何となく理解した。
フウマは権利者であるヒューの横暴な振る舞いに歯向かい後継者を外された、そしてこの生贄の地に追われた、その時期とウリュに戦う術を教え終えた、とすると合点がいく。
ウリュは生贄の地の存在を知らなかった。
ならば間違ってウリュとフウマが会う確率はほぼ無いと言える。

「会える事は嬉しいのですか?ウリュ様。」

「…。」

ヒョウエはウリュの無言の背中から何とも言えぬ感情を感じた。

『なんだ?ウリュ様の感情が分からない…。なぜ無言なのだ?怒り?悲しみ?なんだ?』

ヒョウエは重たくなってきた自らの足を見つめながら考えた。

『フウマ様か…』

ヒョウエは質問に答えないウリュの背中に目を移し、腹の底からため息をついた。

・・・

かなりの距離を歩いた。
ヒョウエの足はフラフラだ。
さすがにのウリュも少し足取りが重い。

「ウリュ様、す、少し…休みませんか…?」

「ふぅ…そうね…こんな長くかかるならキチンと準備してくるべきだったわね…」

2人はその場に腰を降ろした。
生贄の地の住居と住居の間が段々と距離が遠くなっている。
生贄の地の果てまではもうすぐのようだ。

「昔ね、お父様からお話してもらった事があるのよ。」

「ん?それは一体どんなお話です?」

ヒョウエは息を切らしながらも興味津々の顔でウリュの顔を見た。

「私達が生きている世界は偽物なんだってさ。」

「に、偽物?この我々が生きている…ここが…ですか…?」

「そう。どうやって本物の世界に行くのかは分からないけど…。その本物の世界にみんなで行けるといいねって。お話してくれたの。」

「…。」

「どうしたの?ヒョウエ。」

「ウリュ様の父上様は…どうしてそのようにお考えになったのでしょうか…。」

「フフフッ、分からないわよ。そんな事があればいいねって考えただけじゃないの?」

「そう…ですか…。」

「この景色を見てると偽物だとは思いたくないわね…。」

「そうですね…生贄の地とはいえ…見える景色は綺麗です…。」

2人は遠い目をして辺りを見回した。

「行けたのかもね、お父様は。」

唐突にウリュは大きめの声を発した。
ヒョウエはウリュの顔をゆっくりと見つめる。

「本物の世界ってのにさ。お母様と。私を置いていくのはどうかと思うけど。」

「はい。それはどうかと思います。ハハッ」

「文句言ってやらないと。」

「そ…う…で…」

「ヒョウエ?」

並んで座っていたウリュとヒョウエだが、ウリュの背後に身長2m近い屈強そうな男が立っていたのだ。
その男のただ者ではない雰囲気にヒョウエは押し黙ってしまった。

「な、何?ヒョウエ?」

ウリュはヒョウエの視線を追った。

「ウリュか…なぜこんな所に…お前が来る場所ではない。」

心地良い低さの声で、どこか品があり、見た目とは裏腹に優しさすら感じる声をその男は発した。
ウリュはその男の声に反応し、その男と目が合うと勢いよく立ち上がりその男の胸に飛び込んだ。

「フウマ様!!!」

そしてウリュはその男の腰に手を当て力一杯抱き締めた。
その男は肩まである長い黒髪で、筋骨隆々だ。
彫りの深い顔つきで軽い無精髭を生やしている。
眼光は鋭い。

「あ、あなたがフウマ様…で、で…すか…?」

ヒョウエが恐る恐る口を開く。

「そう!ヒョウエ!この方がフウマ様よ?」

フウマに抱き着いたままウリュは後ろを振り向き、子どものような笑顔でヒョウエに答えた。
ウリュは抱き着いたまま離れないが、フウマは意に介さない口ぶりで話し始めた。

「ウリュ。なぜここに来た?」

「え…?」

「ここは戦神の来る場所ではない。私に何かを頼みに来たのであればそれを受ける気は無いという事を先に言っておこう。こんなところまで来てもらって申し訳ないとは思うが…。」

「フ、フウマ様…」

ウリュは抱き着いたままで、声のトーンを落とした。

「君は戦神に仕える者か?」

フウマは顔を後ろにいるヒョウエに向けた。
その問いかけにヒョウエは身体をビクつかせる。

「は、はい…。ヒョウエといいます…。」

「ヒョウエ…戦神の娘であるウリュをこんな所に連れてきてはだめではないか…。」

優しく温かい口調だ。
本当にウリュを思って言っている事がその口調から窺える。

「し、しかし…ウリュ様のご両親が行方不明になりまして…ウリュ様は大変悩んでおります…その…フウマ様が何かご存知であれば少しお話だけでも…と…思いまして…。」

「行方不明…?本当か?ウリュよ。」

フウマが下を向くと、抱き着いたまま目を伏せるウリュが視界に入った。
ウリュは口を開こうとしない。

「答えよ。ウリュ。」

「本当です。」

答えきれないウリュに代わりヒョウエが口を開いた。

「君には聞いていないよ。ヒョウエ。」

「それをウリュ様からの口から聞く事に何の意味があるのですか?フウマ様。そして私が嘘をついているというならばそのような嘘をつく事に何の意味があるというのでしょう。」

ヒョウエは語気を僅かに強めた。
そしてヒョウエは自分自身の変化に驚いた。
数分前にはフウマの圧倒的な圧により萎縮していたがフウマの質問に無言を貫くウリュを見ていると居ても立っても居られない衝動に駆られたのだ。

「…。」

「…。」

「…。」

3人の間に静寂がまるで疾風のように駆け抜ける。
その数秒後ウリュが泣きそうな声でフウマの質問に答えた。

「…本当…です…フウマ様…。」

「ウリュ…。」

ウリュは泣き顔を上に向けフウマの顔を見つめると溢れ出すように話し始めた。

「本当です!だから…だから…話を聞いて下さい!!お願いです!フウマ様!そして!…知っている事があれば私に教えて下さい!!お願いします!フウマ様!…フウマ様ぁ…お願い…し…ます…。フウマ様しかいないのです!おね…!お願い…します!」

ヒョウエはウリュの様子を見て驚いた。
勝ち気で男勝りなウリュがこれほど泣き崩れながら取り乱し懇願する事などヒョウエは見た事が無かったからだ。
幼少期からウリュの面倒を見てきたヒョウエである。
そのヒョウエですら見た事が無いウリュの様子に驚きを隠せなかった。
フウマはウリュの顔から驚きの表情のまま固まっているヒョウエに視線を移した。

「ヒョウエ、君は聡明な男だな。」

ヒョウエはフウマの声で我を取り戻すと、即座に反応した。

「今…私の話をしているのではありません。ウリュ様の話に何の答えも出さず私の話をするのはウリュ様に対して無礼だと思いますが。私はウリュ様に仕える身。フウマ様がウリュ様の師であってもどのような身分あろうと私には関係ありません。」

ヒョウエの言葉にフウマは優しく頷きながら微笑むと、抱き着いたままのウリュを一度引き剥がし、脇の下に手を入れひょいと持ち上げた。

『な、なんて力だ…ひ、肘を伸ばしたまま女性とはいえ人を一人簡単に持ち上げるとは…信じられん…』

先程まで強い口調でフウマに話していたヒョウエだがその様子を見て自分の言動を後悔した。
もしフウマが激昂し、自分に襲いかかってきたとしたら自分は人の形を保っていられるだろうか、そう考えながらヒョウエは顔を青くした。

「ウリュ、話は聞いてみよう、一応な。疲れたろう。」

フウマは優しくウリュを正面から見つめると、そのまま抱き寄せ肩に担いだ。
ウリュはぐすぐすと鼻をすすりながらまだ泣いている。

「ヒョウエ、ついて来るがよい。バーを狩ってきたところだ。一緒に食べぬか?グォールの茶もあるぞ?」

「バー…を狩ってきた…?」

この村で好んで肉を食べるモーン、バー、ブークといった生き物の中でもバーは大型で気性も荒い。
狩りも10人近くを必要とする。

「一人で…です…か?」

「ヒョウエよ、ここでは誰も手伝ってはくれぬよ。」

「ば、馬鹿な…」

「さぁヒョウエ、ついて来なさい。」

ウリュを担いだフウマは歩いて行ってしまった。
ヒョウエはゆっくりと距離を取り、その後を追った。

『な、何という…。これが戦神を育てた男の力か…。』

ヒョウエの胸中は再会した師と弟子からどのような情報が仕入れられるかという興味よりも、フウマという絶対的な力を持つ男への恐怖が心を支配していた。

「恐れる事は無い。早く着いて来るんだ。」



お読みいただきありがとうございます。
次回更新予定は本日から7日後を予定しております。
筆者は会社員として生計を立てておりますので更新に前後がございます。
尚更新はインスタグラムでお知らせしております。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?