【借りものたちのメッセージ】 第5編 『子犬だけど』 (No.0250)


いつものオートバイに乗って、私はここへ来た。
ここはいつもの寂れた田舎の街ではなく、少し遠出をして人の流れのある駅前だ。
今日はここで芋を売る。
いつもと違って往来は激しいものの、とは言っても田舎の駅だから人影はそう多くはない。
だがそれを見越して帰宅時間に合わせてやって来たのだ。
すぐに改札から近い、人の流れが比較的多い道沿いにオートバイを止め、荷台から荷物を下ろした。
筵を敷いてカゴに芋を盛り値札を立てた。
今日は菊芋である。
そしてギターケースを開け相棒を取り出すとケースに少しの小銭を入れ、開けたままにして往来の方へ向けた。
あまり騒々しくしなければ通報されないだろう。
チューニングをしながら周りを見回すと、背広姿の男たちや買い物袋を下げた女性、大きなカバンを引っさげた学生などが改札から吐き出されていた。

みんな一様に相も変わらず素顔を隠していた。

こんな姿を、こんな光景を見慣れてしまうというのは本当に苦しかった。
世界ではとっくに終わった流れに、この国の人々は強烈に逆行し続けていた。

彼らに目を向ければ、みんな手に手にスマホを持っている。
その光でみんな顔が照らされている。歩きながらも目はその画面に釘付けだ。

そこまで好きなスマホに噛り付いているのに、未だに素顔を隠しているのは一体
どう考えたら良いのだろう?
みんな何を見ているのか?
3年以上経って、未だに自分では何も調べないのだろうか?
5分も調べれば、この騒動の実態なんてすぐに分かるのに。
いや、そもそもオカシイって感覚的にすぐ分かるものなのに。

駅前の牛丼屋の前には、妙に間隔を開けた男たちが列を作って並んでいる。
しかしその店内はというと満員御礼である。
彼らは何を恐れてあの間隔を作っているのか。
男たちは出るなり入るなり、その都度白いスプレーに手をかけていた。
一体、あれで何が安心出来るのだろうか。

本当にみんな3年前の人生を完全に忘れてしまったみたいだ。
いや、そんなわけはない。
でも、そう考えるしかない。
まるで生まれた時から素顔を隠して来たかのような振る舞いが、彼らの日常に
なっている。


店の出入りでつけたり外したり
歩いているときに、銭湯のロッカーキーみたいに右手に白い布切れを取り付けたり
素顔の人とすれ違う時には、嫌味ったらしく自分の汚い布地を引き上げて
アピールしたり
店員や他人とのやりとりも無言が当然のように振る舞ったり


このどれもが、3年前なら狂った振る舞いだった。
失礼にも程があるものばかりだった。
私が今ギターを持っているからいう訳ではないが、フォークの達人が言うように30年前ならSFの街だ。

しかし、今夜私はその彼らに向かって歌をうたう。
その死んだ目の、素顔を隠した人たちに向かって歌うのだ。


彼らに届くのか。
汚い布地とブルートゥースイヤホンで口も耳も閉じ、理不尽で心を閉じた人たちにどこまで響くのか。
私の芋は売れるのか。


私はさっき自販機で買った冷えたドリンクを開け、一口飲んで喉を潤した。
いつもの独特なフレーバーが心地良く私を楽しませる。
この缶を傍らに置くなり、オートバイの吟遊詩人、Dr.ギンは目を覚ますのだ。



私はただの子犬だけど みんなのように立派じゃないけど
それでも必要なのは あなたが必要なのは みんなと変わらない

みんなより短い足で みんなより小さい身体で 必死になっても追いつけない
すぐ疲れちゃう すぐ泣いてしまう すぐ眠ってしまう すぐ諦めちゃう
自分でもガッカリする 情けなくって顔を上げられない あなたの顔が
見れなくなる

嫌になってふて寝 
もうこのままでいいや もうずっとチビでいいやって
下を向いて ちっぽけな手を見て 哀しくなる
これで何が出来るの?
これで何が出来るの?


私はただの子犬だけど 何かしたい気持ちは持っている
毎日強くなる その気持ちは大きくて ご飯より欲しくなる
でも みんなより短い足で みんなより小さい身体で 走っても届かない
すぐ疲れちゃう すぐ泣いてしまう すぐ眠ってしまう すぐ諦めちゃう
いつもいつも同じ 恥ずかしくって嫌になる あなたのことが呼べなくなる

小屋に帰ってふて寝
ずっとこんななのかな? ずっとこのままなのかなって
毛布の中で メソメソしてて 惨めになる
赤くなった目で 
夜空見上げてる


ボサボサの毛 小さい鼻 すぐに上がる息 甲高い鳴き声
ちっぽけで 何も無いのに
いつだって必死になって求めてくる
誰よりも全力でやってくる
いつも誰かに取られちゃうけど
その姿はしっかりと
目に入っている


その熱い心は 誰よりも
必死な気持ちは いつまでも
膨らんだお腹よりも ずっと熱い


私はそれでも続けてたんだ みんなよりも誰よりも
だって欲しかったから 絶対に必要だって信じてたから
だから みんなより小さくたって みんなより劣ってたって 
ずっとずっと追っかけた
今日ダメだって 今は無理だって 失敗したって 見失ったって
また求め続けた 恥ずかしいなんて思わなくなるまで

収まらない思い
やっとわかってきた やっぱり正しかったんだ
求めていて 呼び続けて まっすぐに走って
そして 見上げた先に

あなたの笑顔があった


私はただの 子犬だったけど
私はただの 子犬だったけど



【借りものたちのメッセージ】 第5編 

『子犬だけど』 (No.0250)

終わり


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