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人生がときめくノンアルの魔法:Sober Curious (ソバーキュリアス)

Would life be better without alcohol? 

私は酒飲みだ。朝起きてすぐに飲むような重度のアルコール依存症ではないが、毎晩仕事が終わったら飲みたくなる程度にはアルコールに依存している。両親ともに酒好きで、お客さんをよんで家で飲み会をよく開いていたし、母が仕事で忙しい時には近所のなじみの居酒屋で晩御飯をとることもよくあった。つまり、子どもの頃からアルコールは生活の一部にあった。もちろん子どもの頃には飲まないが、酔って機嫌よくなる大人を見るのは好きだった。当然、自然と自分も飲むようになった。最初は大学のサークルの飲み会で。酒よりも飲み会の「ハレ」の雰囲気が好きだった。続いて毎週定例のゼミの打ち上げで。ゼミ発表の2回戦的な位置づけだったので、勉強の延長に酒があった。おかげで週1回、定期的に飲むようになった。徐々に飲む頻度があがり、就職したころには「今日もお疲れ~」と毎晩飲むようになった。同棲を経て結婚した夫が酒好きなことも飲酒のルーティン化に拍車をかけた。

酒での失態は数えきれない。酔っぱらって迷惑をかけた人もたくさんいる。ひどい二日酔いの朝、「もう酒は飲まない!」と思って禁酒を何度も試みた。そのたびに読んだのが禁酒家のバイブル『禁酒セラピー』。効果のある人とない人に分かれると思うが、私には効いた。少なくとも短期的には。数週間は「もう酒なんて飲みたくない」と思っていられる。だけれど徐々に「アルコール=麻薬」という意識が薄れ、「少しくらいなら」という気持ちから元の木阿弥に。そんな感じで飲酒と禁酒を繰り返し、2018年から2019年にかけては1年間禁酒をした。断酒初期は二日酔いのつらさもアルコールによる過度な精神の乱高下もなく、思考はクリアで、いわゆる「断酒ハイ状態」。そののち「何のための断酒なのか?」という断酒「壁期」がゆるやかに続く。1年たつ頃にはアルコール・フリーの生活に慣れていた。安定した穏やかな生活。平穏で、平坦で、monotonous な毎日。そんな暮らしに満足していたはずなのに、2020年を迎えるころに「やっぱり飲もう!」と決め「今日は飲もうと思う」と夫に告げた。

再び飲み始めて半年。なぜ私はまた飲んでいるのだろう?と二日酔いのぼんやりとした頭で考える。もう一度断酒に挑戦しなければ、とkindle unlimitedにある禁酒体験記を読んだり、ネットで断酒ブログを見たりしていた。そこで気になったのが、Sober Curious(ソバーキュリアス)というムーブメントだ。

この記事によると、若者の間で酒を飲まないことがcoolになっているらしい。こういう風潮が日本でも広まれば断酒しやすくなるのに!という思いと、そもそも "Sober Curious"ってどういう意味? と、駆け出し翻訳者としての興味がわいた。soberは「しらふ」、curiousは「好奇心のつよい、気になる」。soberは分かるが、curiousを使う意図がよく分からない。というわけで、提唱者のRuby Warringtonの"Sober Curious"を読んでみた。著者はイギリスのライフスタイルを専門とするジャーナリストである。翻訳書がないので原書で。

簡単に言うと、Sober Curious とは、「アルコールについて、アルコールのない人生について興味をもつ」姿勢のようだ。

 お酒を飲まなければ人生はもっとよくなるの?
 どれくらいが「通常飲酒」?
 どうしてアルコールはそこらじゅうに存在するのだろう?
 二日酔いで目覚めることのない生活ってどんな感じ?
("Sober Curious" Introductionより拙訳)

このようなアルコールに関する様々な疑問について、興味深く考える姿勢を、著者は "getting Sober Curious"(Sober Curiousになる)、"living Sober Curious"(Sober Curiousとして生きる)といった表現を用いて説明している。Sober Curiousが名詞ではなく形容詞的・副詞的に用いられているところに、断酒とは「行為」なのでなく「姿勢」であることが表されているように思う。
本書の構成は以下の通り。

1.アルコールという化け物の正体
2.アルコールへの愛着を乗り越える
3.Sober Curiousの恋愛
4.Sober Curiousとスピリチュアリティ
5.体の健康
6.心の健康
7.しらふでハイになる方法
8.肯定的飲酒の効果?
9.二日酔いのない社会を目指して
10.Sober Curiousとして生きるための12の選択肢

前半ではアルコールのもたらす害悪や断酒について筆者の経験をもとに書かれている。AA(断酒会)に参加して「アルコール依存症のルビーです」と最初に宣言したときの違和感、飲酒習慣を変える難しさ、お酒がなければ人生がつまらなくなるのではないかという恐怖などが赤裸々に語られる。ここら辺の話は『禁酒セラピー』をはじめとして山ほどある断酒・禁酒本で語られていることとだいたい同じである。しかし”Sober Curious"の最大の特徴は本書の後半、「アルコールのないライフスタイル」について語るところにあるのだ。これこそが私の断酒に足りなかったものだと気づいた。それは、

"Sparkle"  きらめき 

私が1年間の断酒で手に入れたのは「平穏な代り映えのない日常」だったから続けられなかったのではないか。人生に必要なのは "sparkle" きらめき なのだ。多くの女性の憧れのニューヨーカー、キャリー・ブラッドショー女史も言っている。

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We are going to have to work on** the sparkle** for the rest of our lives.
(映画 ”Sex And The City 2" より)

米ドラマ「SATC」に憧れた人も多いと思うが(私もコンプリート版DVDボックスをもっている)、ドラマの中でキャリーがいつも飲んでいたピンク色のカクテル「コスモポリタン」はキラキラしたNY生活の象徴だった。(ちなみに、サマンサもシャーロットも私生活では酒を飲まない。)

きらめき。現在アメリカで大ブレイク中の片づけコンサルタント近藤麻理恵さん風に言えば、**"Spark Joy"  ときめき **とでもいおうか。前回の断酒生活では、断酒とは「我慢」するものだった。アルコールがないと「キラキラした人生」は送れないし、ときめきのない平板な生活がずっと続くのだとどこかで思っていた。しかしsober curiousはアルコールフリーのキラキラとした生活を提案する。著者のRuby Warringtonはジャーナリストだが、そのような新しいライフスタイルを作り出すためにノンアルコールのイベントや講演会を積極的に開く活動家でもある。これまでの生活から酒をマイナスするのではなく、アルコールフリーの素敵な生活を作っていく。それがSober Curiousとして生きることなのだ。コンマリ流にSober Curiousを名付けると、「人生がときめくノンアルの魔法」だろうか。

つまり、”Sober Curious”とは生き方のひとつの選択肢である。「ミニマリスト」とか「ノマド」とかと同じように、自ら積極的に選択するライフスタイルなのだと思う。「飲んではダメ」と禁酒・断酒するのではなく、「飲まない生活」を肯定的に選択し「しらふ」を楽しむライフスタイル。アルコールのないキラキラとした憧れの人生を求める姿勢。先に挙げたFIGAROの記事(NEWSWEEKからの転載)では、ニューヨークでアルコールを出さない「Sober Bar」と呼ばれるバーが増えていること、シリコンバレーで「ノンアルコール」ビジネスが発展していることを紹介し、次のようにまとめている。

この脱アルコールトレンドは、既存の「酒飲み」を否定して存在しているのではなく、あくまでも新しい世界を創出して存在しようとしている点に注目したい。実際、一部のソバーキュリアスたちは、気分次第で少量のアルコールは摂取すると言っているわけで、これまでお酒に関して分断されていたソーシャルライフの選択肢に、中間点を設けることに成功したと言っていいだろう。

この「お酒に関して分断されていたソーシャルライフ」という一言で思い出したのが、チェコ好きさんのこちらのポスト。

このnoteでチェコ好きさんはユーモラスに酒飲みへの恨みつらみを語っている(酒飲みとしては申し訳ない気持ちになった)。Sober Curiousは「下戸」vs「酒飲み」の溝を埋める存在である。「選択的下戸」とでもいおうか(字面が村上春樹の「職業的男性乳母」みたいでなかなか良い)。むしろそこまで飲酒文化に対して長文を書けるチェコ好きさんも、十分Sober Curiousなのかもしれない。

また、先日読んだ以下のポスト。

このなかで断酒について、小田島隆さんの本を引用して以下のように記されている(引用されている小田島さんの本が面白そうなのですぐにAmazonでポチッた)。

小田嶋さんはアルコールを絶った人生を「4LDKのなかの二部屋で暮らしているような、独特の寂しさ」と形容している。
自分の人生には、もっともっと面白い部分がある事はわかってはいつつも、それを積極的には選ばない。
そういうものだと足るを知る。
ポスト・アルコール依存症の人生とは、そういうものだというのである。
ただ、特にデメリットがあるわけではないという。
考えてみれば、世の中には酒を飲まないで生きている人も数多いるのだから当然っちゃ当然な話でもあるのだが。
寂しいが、特段デメリットのない世界を生き続ける。
それを積極的に選びつかみ続けるインセンティブを、自分の人生の中に再構築できた人だけがポスト・依存症の人生を生きることができるのだろう。
一つの喜びを捨てて、別の喜びに価値を見出す。

Sober Curiousはノンアルコール生活に「別の喜び」を見出す生き方である。今までの4LDKの部屋に住み続けるのではなく、まったく別の街の、新しい家に引っ越すのだ。新しい街、新しい家、新しい家具、新しい生活。そう考えるとワクワクしない?

新型コロナウィルスによる長い自粛期間で、アルコール依存症(予備軍も含む)が増えたと聞く。私自身も飲酒量は確実に増えた。けれどもそろそろ、またノンアル生活に戻りたいと思うようになってきた。自粛にも、好きに飲める生活にも飽きてきたのだ。もっとピリッとした緊張感のある生活に戻りたい。東京の緊急事態宣言もまもなく解除されるだろう。これからはポスト・コロナの新しい生活様式へと変えなければならない。今こそ、キラキラとした、めくるめくノンアルコール・ライフの幕開けだ。


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