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父は末期癌で50歳で亡くなり、夫はもうすぐ50歳になり、私は28歳になる

あの時、父の話を真剣に聞いていたら、彼のツラい闘病生活がなにか違った結末になったのではないかと、そこらへんに転がっているような親子の会話を思い出して後悔することがある。

父が末期の小腸癌だと診断される以前のこと。

その言い方は「吹き出物ができちゃった」「手を切っちゃった」というような、さりげないものだった。

「お腹のこの辺りが、ポコっとしているんだよね」

父は洗面所で歯を磨いていた私にむかって、左上の腹部を気にしながら言った。確か、最近体調も悪く、84kgあった体重が60kg台にまで落ちて、もしかしたら重大な病気なのかも、という訴えもしていた気がする。

洗面所のすぐそばにあるキッチンの換気扇の下で、煙たいタバコを片手に。気怠そうに。でもどこか、私に頼りたい雰囲気も出していた。

その時私は、歯磨きに集中していたのもあり「そんなのわからないじゃん。皮ふの腫瘍かもよ」と、心ここにあらずで返事をした記憶がある。結果として推測ははずれ、末期の小腸癌だと大学病院で診断された。小腸に癌ができるのは『全悪性腫瘍のうちの0.5%以下。全消化管悪性腫瘍のうちでも5%以下』とされているくらい、希少な癌だとも。

腹部を切って開いてみると、重要な血管やリンパを巻きこみながら腫瘍が大きくなっていたため「手の施しようがない状態だった」と、手術室から緑色の服をきて出てきた執刀医は言っていた。

腫瘍で腸閉塞も起こしていた。詰まった腸を改善するためにバイパス手術をするという、対処療法しか方法はなかったそうだ。その後の抗ガン剤治療は、とっくに過ぎた過去なのに、思い出すと今でも目を塞ぎたくなるような光景だった。

当時、私は中学1年生。13歳になったばかりだった。親の体調を心配するほど、精神的に成熟していなかった。

興味関心があったのは、三食なにを食べるか。明日はどうやって過ごすか。癖で縮れた髪をキレイにする方法、よいヘアケア商品はないか。二重のりを自然につけるには。ファッション誌に出てくるモデル、流行のTVドラマ(花より団子)、男性アイドルに夢中だった。

28歳になろうとしている今、自分よりも他者を気にかける思いやりは13歳の時よりも、はるかにある。上澄みだけを集めたような薄い医学の知識もある。早期発見できたのではないか。父の症状から病を見立て、適切な病院への受診を勧められたのではないか。中学1年生、13歳だった私自身に対しての後悔がある。

このような「いくら考えても叶うことのない空想」が、父がなくなって13年が経った今でも、無防備な何気ない日常の隙間に入りこんでくる。数分、数十分と考えこむことがある。

そして、今身近にいるのは50歳でなくなった父の年齢に、あと数ヶ月で届く22歳の離れた夫。

彼の体調の変化には、父と交わした何気ない会話の記憶とつながり、自然に治るものまであれこれ悪い予想をして口を挟むのであった。

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