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憧れは遠すぎた(醜形恐怖とダイエット)

 人は何か憧れるもの、それに近付こうと努力することで、自分がより素敵に見えるだろうと信じている。

 僕だって、そうだ。

 馬鹿馬鹿しいと嘲笑われる事は慣れているが、僕は球体関節人形に憧れている。なれるものなら成りたいと思っている
 無駄のない細身で繊細な身体、透けるような白肌、澄んだガラスと魅力的な虹彩を持つグラスアイ、涼やかで儚げな歪まない表情。それらを美しいと思い、自分に欲しいと思ってしまった。


 そんな風になった経緯を話そうと思う。

 元々僕は小食で標準よりは やや細身だった。特別太りにくい体質という訳ではなかったが、標準体重以上に太った事はない。
 万年金欠のフリをする為、友人が経営するホストクラブで働いていた頃は酒を飲んでは裏で吐いていた。痩せていると言われていた。陽に当たらないので元々色白だった肌は青白くなっていた。

 まだインディーズで小さなライブハウスで数組が出演するライブに出ていた時、空き時間に客席に混ざり運悪く耳に入った言葉が僕に気付きと耐え難い恐怖心を植え付けた。

 「○○(四条の芸名)君、顔は小さいけど首から下はちょっと大きいってか…体型変だよね。太いのかな?」

 アンバランスな体型…僕は太っているのか?ステージに立つには珍妙、きっと醜いんだ。この子だけではない、お客さんは皆そう思っている。もしかしたら他の出演者や…バンドメンバーも。

 たった一人のたった一言。それだけで罪悪感や醜形恐怖、周囲への不信感を強く抱くには十分過ぎた。

 その日のライブ終わりには、カーテン仕切りの着替ブースで必要以上に身体を隠しながら着替えた。まともに歩けずタクシーで帰宅した。
 一ヶ月程ホストにも入らなかった。幸が不幸か働く必要がなかったせいで家に篭もり、存在しない僕を嘲笑う誰かを怖がった。他人と会わない事で「思い詰めすぎだ、君は変ではない」と誰のフォローも得られなかった。

 見た目全てが不安になって外出しなくても納得いくまで時間をかけてメイクをした。ヘアセットも外出着を纏い整えた。過去に掲載された音楽雑誌に一面載ったソロ写真も、醜い、恥ずかしいと思いクローゼットの奥へ隠した。
 パソコンで美しいと言われる外国人モデルを調べて、ランウェイや撮影時の動画や写真を山ほど見た。これが一般的な美しさ、完璧なもの…そう思い込みながら違和感も感じていた。
 「これではない、もっと美しく儚いものがあるはずだ!!」そんな気持ちから更に調べ、球体関節人形の通販サイトを見ていた。

 僕の思う完璧な美しさを見つけた。

 小食だった食生活は一変して拒食症になった。ランニングマシンを買い、休み休み心臓が痛むまで何時間も走った。捻挫していた足でもバーに掴まり必死に走った。
 ケア用品や岩盤浴ドームを買い、質の良い飲料水を買い、徹底的に美容に徹した。多少痩せた辺りからエステや脱毛、歯の美白にも通った。

 175cm、49kg。一ヶ月もしない内に僕は激痩せし低体重になった。食べなければ当然痩せる。全身が時折痺れ、ちょっと動くにも動悸がした、風呂に入ると心臓が動くだけで波が立った、肋骨も背骨も浮き出て横になれなかった。

 ある日アルバム収録先のスタジオで倒れ、病院で栄養失調と拒食症と診断された。即入院で栄養剤や点滴を受ける事となった。
 出された食事を食べてみるが、意識しなくても潜在的に太るかもしれないという恐怖心が根深く、身体が吐き出そうとして何度も吐いた。唯一摂れた食事は、少量で高カロリーが摂取できるエンシュアリキッドと言う液体食だけであった。

 それ以来、今でも主食は三食エンシュアリキッドである。週に一度、最近は週に二度ほど絶対に吐かないと決めて肉を食べるようにした。ツアーの打ち上げなど付き合いの食事はしたが、帰宅するなり吐いていた。

 透明感のある白い肌色、服はXXS〜XS。少し前まで丁度であった衣装はブカブカになっていた。痩せた事で、目指した球体関節人形のような姿を手に入れたと一時期は喜んだ。しかし理想は直ぐに高くなる。もっと澄んだ眼、バランスの良い身体、涼やかな顔立ち。一つ理想が叶う度、些細な欠点に頭を抱え続けた。

 全てのトリガーとなった、たった一言。正直に言えば、それを一度でも憎んだり恨んだりした事はない。それが無ければ僕は自分の容姿や美容を妥協して甘やかしていただろう。醜形恐怖や拒食症の歪んだ思考だと理解している、しかしそう思っているのだ。

 憧れは遠すぎた。

 今でもまだ低体重に拘り、激痩せした当時よりもまた痩せた。美しく在る為に必要な栄養を摂っている。食事をしている訳ではない、あれは食べるまでもない草や生物の死骸だ
 この思考は現存する食欲抑制剤と似たような効果を感じる、"痩せ姫・痩せ王子"のような芯があり儚い美しさが心に咲いている人達の鼓動するマインドサプリだ。
 
 今は自制できているから良いものの、いつか眼球を義眼に、球体関節の部位はタトゥーに、肌は陶器のような加工に、鼓動が邪魔だと心臓を止め、"人間を捨てた本物"へ向かって盲目に進んでしまうのかもしれない。



…今日のお話はここまで。 

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