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「いったい誰が悪?SNSに潜む恐ろしさを描く~『石黒くんに春は来ない』~」【YA53】

『石黒くんに春は来ない』 武田 綾乃 著 (イースト・プレス)
                          2017.8.22読了
 
とある高校のとあるクラスで起きる事件に絡む、高校生たちのSNSを利用したいじめが過熱していきます。
いったい誰が悪いのでしょうか?
いったい正義とは何なのでしょうか?
 
今若者を取り巻く生き辛さが取りざたされています。
SNSというネットを使い顔を見せることなく繰り広げられる言葉の暴力に翻弄される理不尽さに日々悩まされる子どもたち。
 
どこの社会にでもある上下関係ですが、それは小さな社会の縮図でもある学校のクラスという場所にもあるのです。
とにかく容姿淡麗で言いたいことをはっきり言う、そういう人物がまずはトップの位置につきます。
そのまわりを取り囲むように、トップの人物に取り入る者たちが上層部にいます。
 
地味で目立たない、トップたちが目もくれないような者たちが底辺に居り、中間層にどちらとも属さない地味ではないけど飛び抜けて目立ちもしない者たちがいます。
(この構造スクールカーストは、以前ご紹介しました『おまえなんかに会いたくない』でも同じですね。この本については下記をご覧ください)

そして主人公の恵美とその友人たちは中間層に入るという設定です。
トップの者たちがクラスで幅を利かせていて、うざったく思っていても文句など言えずに常に悶々としています。
 
 

事件は学校のスキー合宿の時に起きてしまいます。
恵美が密かに想いを寄せていた男子・石黒くんが、クラスの女王・京香に告白をしたのです。
そのことを京香は、クラスのほとんどの子が共有しているLINEで暴露してしまい、蔑みの言葉で投稿したのでした。
すると取り巻きの仲間が石黒くんを笑い者にするという、嫌な流れになっていきます。
 
それは恵美たちはもちろん、ほとんどの他の同学年の子たちにも知れ渡ることになるのをわかってのことでした。
 
かなり悪意のこもったコメントの数々を見た恵美たちは、腹を立てるのですが何も出来ないでいます。
 
翌日石黒くんは何事もなかったようにふるまっていましたが、スキー場の立ち入り禁止区域に自ら入り、行方不明となってしまいます。
そして…意識不明の状態で発見されるのでした。
 
 
石黒くんに最後に会ったという恵美の親友・花とLINEの一件を担任に相談しますが、京香たちを一目置いているこの担任は全く取り合ってくれません。
入院している病院まで見舞いに行っても、石黒くんの母親に、
「どうして最後会ったときに息子を引き止めてくれなかったのか!?」となじられてしまいます。
 
相談しても埒が明かない担任との会話に失望し、石黒くんの母からも責められてしまった花は、不登校となってしまいます。
そのうち石黒くんの母親は、彼をまだ入院しているのにも関わらず転校させてしまいます。
 
その後も共有LINEでは他の友人の秘密を暴露しあったりと、そこでのみんなの会話はどんどんエスカレートしていきます。
 
 
しかし、ある時石黒くんの名前でSNSに投稿がなされ、また、同じアカウント名「タマリン」を名乗る複数の人物たちがそのSNS上に現れます。
そして彼らは正義の名のもとにいじめを暴きはじめ、しだいにトップの子たちが窮地に追い込まれていくことになるのですが…。
 


ほとんどのイジメや企みが、顔の見えないSNS上で繰り広げられていきます。
そして復讐を誓い、学校を元の平和なものに戻そうという会話も全てSNSです。
顔を見せず言葉だけの無責任な伝達方法。
以前だったらありえないやり方が、より今という時代を複雑にしていると思います。
 
正義の名のもとに集まった者たちも、正しいことをしているという共通認識に安心し、やはりSNSをつかって復讐がエスカレートしていきます。
 
結局仇を打ち取ることが出来て、クラスは平和になり一件落着するのですが、どこか違和感が残ってしまいます。
 
「タマリン」を名乗る複数の人物の中のキーマンが、自転車で下り坂をスピードをあげて下りていき、始めは気持ちよかったのがだんだん怖くなってもなお、ブレーキが利かなくなる遊びをした過去を告白する場面があります。
 
まさにこの復讐のSNSもそれと同じことではないのでしょうか?
もちろん、いじめのほうもいっしょです。
 
 
この物語を語っていく恵美の感情が、読み手にとってごく普通の感情であるので共感できます。
正義を振りかざして復讐に酔いしれる者や、本当のことだったらみんなに言ってもいいじゃないと開き直る女王。
しかし、当事者(被害者)のことを深く考えている人間が全くいないのです。
 

石黒くんに春が来ないのはふられたからでもありますが、別の意味にも当てはまります。
 
物語は、私ははじめ「タマリン」のキーマンを別の人間と想像していましたが、最後に明かされる他のいくつかの事実はやっぱりな…と推理できてしまいました。
 
それでもSNSの危うさ・怖さを若者たちに少しでも身近に感じてもらうには、いい題材かなとも思います。
作者はアニメにもなった『響け! ユーフォニアム』の原作者と同じ方ですが、作風は全く違ってミステリー要素もありどんどん読み進められます。

 


ところで、先日ご紹介した『バリスタ少女の恋占い』の記事に対して事務局からこのようなありがたい報告が来ました。

みなさん、読んでくださって本当にありがとうございます。
他にもたくさん紹介したい本がありますので、頑張って記事を書こうと思います。今後もよろしくお願いします。

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