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父のこと

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#入院生活

父の三回忌に思うこと

父の三回忌に思うこと

私の父が亡くなったのは、平成31年3月でした。元号が平成から令和になると発表されたすぐ後のことです。「父さん、平成が終わるね。令和になるんだね。」と毎日話しかけていました。

そして、まもなく三回忌を迎えようとしています。

丸二年。早かったような遅かったような。当時は毎日辛くて辛くて悲しくて、ネットでは「時間薬」という言葉をよく見ましたが「そんなの効くわけない!この悲しみが癒える時なんて来るの?

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大移動

大移動

平成31年2月初旬。

父の病室にいると看護師さんから突然、「この部屋に入院する方がいらっしゃるので、申し訳ないけど何日か移動してほしいんです。」と話がありました。

上の階の個室が空いているので、急遽部屋を移ることになりました。病院にお世話になって5ヶ月。荷物もたくさんあり、なかなかの大移動となります。

「ごめんなさいね、今より広くていいお部屋だから。」申し訳なさそうな看護師さん。

「とんで

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環境の変化

環境の変化

病院の都合で、部屋を移動した父。

部屋が広すぎて全く落ち着きません。母と妹も「芸能人とかが泊まるところみたいだね。」とキョロキョロしています。

私達も落ち着かないのですから、父はもっと大変です。まず、階が変わったので顔馴染みの看護師さんはいません。

大好きなテレビは大きくなったから良かったかと思いきや、今までのようにベッドに臥床していても見られる動かせるタイプのものではなく、ベッドの横に置い

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最後のクリスマス

最後のクリスマス

平成30年のクリスマス。その時の記事がこちら↓

熱が出たことにより、クリスマスコンサートに行けなかった父でしたが、別の日にクリスマスらしいことをしていたことをふと思い出しました。

妹が突然「クリパしよーよ!」と言い出しました。

一体なにするつもりだと思っていると、サンタクロースの帽子やトナカイのカチューシャなどを病院に持ってやって来たのです。

かぶって記念写真を撮りたいと言うので、ちょうど

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浮腫と腫瘍熱

浮腫と腫瘍熱

最近は父に関する記事が書けずにいました。

だんだん死に近付く様子を書くのが、ちょっと辛いというか。。少しずつでも残していくつもりです。

平成31年2月中旬

熱を出す事が多くなり、日課だった車椅子に乗ることができない日がだんだんと増えてきました。

朝、病室に入って「おはよー」と声をかけても眠っている事が多く、ちょっとこれは良くないなというのが分かりました。

暑がりだった父が、いつの間にか足

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刺す血管がない

刺す血管がない

平成31年2月

だんだんと死が近づく父。

始めの頃は元気がよく、点滴を入れても自分で引っこ抜いてしまい、またいれてもらう。といったことを何回も繰り返していました。

食事もできず、痩せ細ってしまった身体。看護師さんから、「刺せる血管が見つからない。」といよいよ言われてしまいました。

ようやく点滴を開始しても、しばらくすると漏れてしまうのです。

そして、血管での点滴ではなく「皮下」での点滴を

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