「ふわふわ、ではありません、フワワフワーフです。」(第10話 フワワフ村)
10 フワワフ村
さっきまでは突然の出来事に驚いて、まわりをあまり見ていなかったイトでしたが、飛びながらあらためて景色を見ることができました。
辺りは見渡す限り、いくつもの緑の丘が広がっていました。ワーフの家のパン工場は、その中のひとつの、小高い丘の頂上に立っていました。
ところどころに、こんもりとした森の木々が見えました。右手の方には、カラフルな屋根のレンガ作りの家が、何軒も連なっているのが見えました。
太陽はすっかりのぼり、空はよく晴れていて、羊のようなかわいらしい雲が、ぽつぽつと浮かんでいました。
「ワーフと空を飛んでるなんて、信じられない…夢みたい…夢なのかなあ…?」
ワーフの少し後ろをふわふわ飛びながら、イトはつぶやきました。
「ほんと!ボク、イトたちに、すっごく あいたかったんだよ!
まいにち、どうやったらまたらあえるのか、かんがえてたの。みんな、げんき?」
「うん!元気だよ!…だけどワーフ、いなくなった日、どんなことがあったの?」
「それがね…あ!ほら、あの むらだよ!うちについたら、ゆっくりはなすね!」
ワーフは、さっきから見えていた、家がたくさん集まっている場所を指差しました。
「あ、そうそう。むらのなかでは、たかく とばない、って、やくそくなんだ」
「そうなの?なんで?」
「せまい むらで、みんな とんじゃうと、ぶつかったりするでしょ?あ、でも、いえのなかとか、じぶんちの にわ 、とかなら いいんだ」
「そっか」
ワーフは、村の真ん中にある広場に降りました。イトも後に続きましたが、慣れないのでうまく立てず、しりもちをついてしまいました。
「あいたた…」
「イト、だいじょうぶ?」
「うん…わあ!すごくきれい!」
広場の中央には、レンガでできた噴水がありました。噴水から出てくる水は普通の水と違って、ところどころ金や銀に光り、細かい水しぶきは粉のようで、キラキラ輝きながら空気にとけていきました。
噴水のまわりには花が咲きみだれ、甘い香りがただよっていました。
「こっちだよ!」
イトは、ワーフの後について、歩き出しました。
石畳の小道を進んでいくと水路があり、ところどころ石造りの橋がかけられていました。
水路の両側には、たくさんの家々が並び、どの家も窓辺には鉢植えが置かれていました。
壁は、落ち着いた色合いの水色や赤、黄色、うす緑などでそれぞれ塗られていて、イトは、かわいい街並みに、すっかり夢中になってしまいました。
道には時々、犬や猫が歩いていました。数匹で立ち話をしていたり、走り回ったりしていました。ワーフを見つけると、みんな嬉しそうに「こんにちは!」「元気そうね!」などど、あいさつをしました。
ところどころ、お店もありました。ドアの上にとりつけられた看板は、どれも絵が描かれていたので、字が読めないイトにも、何のお店かわかりました。
「あ!ここ…パンやさんだけど、もしかして…」
イトは、曲がり角に建つ、水色の屋根の小さな建物を指差しました。
「そうそう!ここ、うちのパンやさんなんだ!さっきの、こうじょうでつくって、ここにもってくるの。あとであんないするね!」
角を曲がりしばらく歩いていくと、道がせまくなり、少し上り坂になってきました。その小道の行き止まりに、ワーフの家がありました。
石造りの家は、パン工場と同じように、いろいろな形の窓がついていました。
玄関に続く小道には、やはり同じように、キラキラと輝く大小様々の小石が敷き詰められ、木の窓枠はきれいなパステルグリーンに塗られていました。
クリスマスの時、なぜか誰も見覚えのなかった、家の形のオーナメントに、どこか似ているな、とイトは思いました。
「ちょっとまってて!」
中に入ると、ワーフはさっと飛んで、二階に行ってしまいました。二階に続く階段はなく、天井に丸い穴が空いているだけでした。
玄関の先は、そのままダイニングになっていて、木のテーブルやイスが置いてありました。
イスは背もたれのない小さなスツールや、ひもで編んであり、丸くてすっぽりはまってしまいそうなもの、横木でつながっている、棒が三本あるだけで、座面のないものなど、見たことのないようなものばかりでした。
テーブルにはきれいな花が生けてあり、白くて清潔なテーブルクロスがかかっていました。
壁には、大きな棚が作り付けられていて、かわいらしいお皿やカップなどが、ぎっしりと詰め込まれていました。
「ほら!イト、みてみて!」
ワーフは、クリスマスプレゼントにもらった、三角帽子をかぶってきました。
「こっちに もどってきたとき、たまたま これをかぶってたから、これだけは、もってこれたんだ!」
「やっぱり!だから帽子だけ、どこを探しても無かったのね。でも、どうやって戻れたの?お家のこととか、何にも覚えてなかったのに」
「そうなんだよね…ボク、いまだにわかんないんだけど、あ、でもね…」
「ただいまー!ワーフ!イトちゃーん!すぐご飯にするから、待っててね!ワーフ、お皿運んでね」
そのとき、ワーフのお母さんも帰ってきました。
「私も運びます」
「イトちゃんはいいのよ!お客様なんだから、座っててね」
ワーフのお母さんとワーフで、ものすごい早さで朝食の用意が終わりました。
焼きたてのパンに、しぼりたてのオレンジジュース、スクランブルエッグ、サラダ…。イトは、急に自分が空腹だったことに気がつきました。
「さあ、どんどん食べてね!」
「いただきまーす!」
朝食はどれもとてもおいしくて、ワーフもイトも、夢中になって食べました。
もう、パンの小さなひとかけらも入らない、というくらいになって、イトはようやくわれにかえりました。
「とってもおいしかったです。ごちそうさまでした!」
「あら、もう食べないの?もっと食べていいのよ!」
「ねね、イト!ボクのへや、みてよ!」
「うん!」
「あら、じゃあ、お母さんお店のほうに行ってるから、ゆっくりしててね」
「はあい」
イトが床を軽くけると、からだがふわっと浮きました。
二人は二階に続く天井の穴に入りました。短い廊下があって、右手にはクリーム色のドアがあり、そこがワーフの部屋でした。
部屋は円形で、その壁のカーブに合わせた形の家具が置かれていて、棚にはワーフの好きそうな可愛らしい小物が、たくさん並べられていました。
ベッドはなく、壁に、小さな袋状のハンモックがぶら下がっているのを見たイトは、自分の部屋にかけられたままの、ワーフが寝るときに使っていたトートバッグのことを思い出しました。
一方の壁には、画用紙に、絵の具や色鉛筆のようなもので描かれた絵が飾られていました。
「ねえこれ、ワーフが描いたの?」
「うん!イトたちのせかいのこととか、わすれたくなかったから、おぼえてるうちに、かいとこうとおもって…でも、あんまりうまくかけなかったよ…」
「そんなことないよ。あっこれ、もしかして私たち?」
イトが指差したのは、パパとママとイトが並んで立っていて、その真ん中にワーフが浮かんでいる絵でした。
「そうだよ!…あんまり、にてないけど」
「ううん、すぐわかったよ!」
ワーフが描いた絵は、確かにあまり上手な絵とは言えませんでしたが、とてもていねいに描かれていて、イトはとても気に入りました。
「ワーフ!そろそろお店に行くけど、一緒に行く?」
お母さんの声が、一階から聞こえてきました。
「うん!いくよー!イト、うちのパンやさん、あんないするね!」
ワーフのパン屋さんの前に行くと、もうお客さんが並んで、開店を待っていました
「ワーフくん、おはよう!あら、変わったお友達ね」
「おはようございます、ポットさん。ボクのおともだちなんです!イトちゃんっていうんです」
「まあ!あなたがイトちゃんね!じゃあまた会えたのね!ずっと会いたいって言ってて、ワーフ君、元気がなかったものねえ。良かったわ!」
ワーフの家族以外のこの世界の住人を見るのも、話をするのも、イトにとっては初めてでした。
並んでいるお客さんを見ると、大きさ、色、顔、手足の長さはみんな様々で、足だけすごく長いひと、手ばかり長いひと、などがいました。
体形はみんな同じように雪だるまをさかさまにしたような形で、毛皮に覆われていました。けれども色がそれぞれ違っていて、薄いオレンジだったり、ピンクだったり、しましまだったり、紫と青のグラデーションになっている住人もいました。
イトは、この人たちもやっぱり中身は小さいのかなあ。バッグ、下げてるのかなあ、と思いました。
ポットさんは紺色のツヤツヤした毛皮で、手足は短く、ワーフよりひとまわり位大きい、品のよい婦人でした。
「はじめまして。フワワフポットよ。この近くでお菓子屋さんをやっているの。良かったら遊びに来てくださいな」
「はい、ありがとうございます」
「あとで、かいにいきます!イト、ポットさんのつくるおかし、すごーくおいしいんだよ!」
「まあ、嬉しいわ。ワーフくんのところのパンも絶品だから、毎朝買いに来てるのよ。…あら、開店だわ」
「お待たせしましたー!いらっしゃいませ!」
入り口のドアが開いて、ワーフのお父さんが出てきました。
「二人とも来てたんだね。イトちゃん、朝ごはんはたくさん食べたかい?」
「はい!すごく美味しかったです!」
「そうだろう?うちのパンは、世界一なんだ!その証拠に、世界一のお菓子を作るポットさんも、うちのパンを毎日買ってくれるんだよ。それから…」
「ちよっと、お父さん!お客さんが並んでますよ!早くきてちょうだい!」
すでに店の中に入っていたお母さんの声が聞こえました。
「おお、そうだったそうだった!じゃあイトちゃん、また後で!」
イトとワーフは、村の中を歩き回り、途中、何人もの住人に会いました。どのひともワーフを知っていて、驚いたことに、イトのことも知っていました。
みんな「フワワフ・カール」「フワワフ・エミー」など、それぞれの名前の上に「フワワフ」が、名字のようについているのでした。
村は、商店街のようにお店が集まっているところもあれば、住宅街の中に突然、お店があったりもしました。
イトとワーフは、ポットさんのお菓子屋さんに行ってみることにしました。ポットさんのお店は、村はずれにありました。
落ち着いた赤色の壁で、入り口のドアは白色に塗られていて、キャンディーでつくられたリースが、ドアにかかっていました。
「こんにちわぁー!」
ワーフが元気よく言いながら、ドアを押しました。
「あら、もう来てくれたのね。いらっしゃい」
ポットさんが、ニコニコ笑いながら出てきました。
「…わあ!!」
イトは、お店の中の、あまりのかわいらしさに、歓声をあげました。
壁いちめんに、大小さまざまなビンが並べられており、キャンディーやゼリービーンズ、グミ、クッキーやチョコレートなど、たくさんのお菓子が置かれていました。
中央のテーブルには、ふっくりとしておいしそうな、マドレーヌやスコーンなどが、お皿にならべられています。正面のカウンターには、ガラスケースがあり、美味しそうなケーキが売られていました。
お店の隅のほうには、アイスクリームやアイスキャンディーもありました。
店内には、夢のように甘い香りがただよっていて、イトは、幸せな気持ちで深呼吸しました。
「ワーフ君から、イトちゃんの話は、よく聞いていたのよ。今日は初めて来てくれた記念に、好きなお菓子を好きなだけ、プレゼントするわ」
「えっそんな…!でも…」
イトが驚いて遠慮すると、ポットさんは、大きなカゴをイトに渡しました。
「ほら、たくさん入れていいのよ!少しだけしか取らなかったら、美味しそうに見えないのかなって思って、悲しくなっちゃうわ」
イトとワーフは、ワクワクして、店内を歩き、マドレーヌやゼリービーンズ、チョコレートなどをカゴにいれました。
ポットさんはそれを、大きな紙袋に入れ、そこにたくさんのキャンディーやチョコレート、箱に詰めたケーキも入れてくれました。
そして最後には、アイスクリームを二人に一つずつ、渡してくれました。
「また、いつでも来てね」
「はい!ごちそうさまです!」
「ありがとう!ポットさん、またね」
ポットさんのお店の近くに小さな公園があったので、二人は花壇のふちに座ってアイスクリームを食べました。イトはストロベリーミルク、ワーフはマシュマロ入りのチョコレート味でした。
「美味しすぎる…」
アイスクリームはふわっと空気のように軽く、口の中で溶け、夢のような味でした。
「ねっ!ポットさんとこのおかし、おいしいでしょ!」
「すごいね!こんなの今まで食べたことない!」
「でしょう?イトといっしょに、たべられるひが、くるなんて…」
ワーフはとても嬉しそうでした。お菓子もどれも絶品で、二人はおなかいっぱい食べました。
それから、イトとワーフは村を散歩しながら、いっぱい話をしました。
会えなかった日々のこと、ワーフの村の人々のこと…気づくと、夕方の日差しが、家々のすきまからこぼれていました。
「そろそろかえらなくちゃ…でも、どうやってかえればいいんだろう。パパとママ、しんぱいするし…」
「そうだね…でも、どうすればいいのかなあ」
「うん…」
イトは、それまでの楽しい気分が、しぼんでいくのがわかりました。
けれども、ワーフは、全然変わらずに言いました。
「こっちに、これたんだもん、かえれないわけないよ!おとうさんとおかあさんに、きいてみよう!」
二人は、ワーフのパン屋さんに向って、歩き出しました。
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