「ふわふわ、ではありません、フワワフワーフです。」最終話(第11話 おかあさんの話)
11.おかあさんの話
二人は、ワーフのパン屋さんに戻ってきました。朝は混んでいて、窓の外からチラリとのぞいただけだったので、イトは初めて中に入りました。
中は、イトが想像していたパン屋さんとは、かなり違っていて、棚に並べられたパンをトングで取っていく、という売り方では無いようでした。
パン工場にあった、真鍮の、らせん状の滑り台がついた機械を小さくしたようなものが、正面のところにありました。
そして機械には、たくさんのレバーが並んでいて、その横には、イトの分からない文字で書かれたプレートがついていました。
「イト、このレバーをおろしてみて!」
「これ?」
イトは目の前のレバーをつかんで、下に降ろしました。
ガチャン!!
という機械の音が聞こえてしばらく待っていると、すべり台から、にぎやかで楽しげな音をたてて、パンがすべってくるのが見えました。
そして徐々にスピードを上げ、下までくるとポン、と飛び出して、手前のベルトコンベアーのような場所に落ちました。
そこから横に流れていくと、用意されていた紙袋の中に、そのまま入る仕組みになっているのでした。
ワーフの毛皮をしまえる、紙ぶくろポシェットは、おうちがパン屋さんだったからだったんだ!と、イトは気付きました。
「あら、イトちゃん、ワーフ、お帰りなさい!今日のパンは売り切れちゃったけど、イトちゃんの分はちゃんと、とっておいたからね!他のレバーも下げてみたらいいわ」
ワーフのお母さんがカウンターから出てきて、言いました。
「わあ!ありがとうございます!」
イトは順番にレバーを下げていきました。
ガチャン、ガチャンという音は大きかったのですが、不思議と心地よい音に感じられ、クルクル回りながらパンが落ちてくるのが面白くて、イトは夢中になってしまいました。
大きな紙袋いっぱいに、クロワッサン、カレーパン、チョココロネ、コッペパン、ドーナッツ…など、たくさんのパンが詰め込まれました。
「さあ、これ全部あげるから、おみやげに持っていきなさいね」
「ありがとうございます!あの、でも…」
「どうしたの?」
「ひとりでこんなに、食べきれません」
「ああ、それなら…」
そのとき、ワーフのお父さんも、店の奥から出てきました。
「ああ、お帰り!もうすぐここを片付け終わるから、一緒に帰ろう」
「はい、でも…」
「あっ、イトちゃんは、おなかすいたかな?一日、村を散歩してたなら、きっとペコペコだな!あ、もしかしたら、ポットさんのお店でお菓子を食べたかな?あそこのお菓子はおいしいからなあ、ついつい食べ過ぎちゃうんだよな。お、そうか、だからランチは食べなかったんだね」
「はい、すごく美味しくて…」
「ポットさんのお菓子と、ウチのパンは最高だからなあ。イトちゃんのお父さんもお母さんも、きっと気に入ると思うよ」
「あのでも、私、どうやって帰ったらいいか…」
「どのパンが一番すきかな?イトちゃんはきっと、ドーナツかな?いや、もしかしたら、シンプルにクロワッサンか…」
「ほらほら、お父さん!!まーた、ひとの話をぜんぜん聞かないんだから…!!」
お母さんが言いました。
「イトちゃん、パンはおうちの方へのおみやげだから、たくさんあっても大丈夫よ」
「でも私、どうやって帰ったら…」
「あっ!そうね!そうだわ、私ったら、全くもう!気が回らなくて、ごめんなさいね!夜ごはんは、みんなで頂きましょう」
「みんなで?」
「そうよ、ワーフがとってもお世話になったんだもの。イトちゃんのお父さんとお母さんにも、ごあいさつしたいと思っていたのよ。やっとできるわ!」
そのとき、ワーフが言いました。
「だって、どうやってよぶの?」
「あら、そういえばワーフは知らなかったわね…あら、もうこんな時間!とりあえず家に帰ってから、ゆっくり説明するわね」
お店の後片付けをしたあと、皆は家に戻ってきました。
晩ごはんのシチューをお父さんが作っている間に、お母さんが二人に説明してくれました。
「イトちゃんは、自分でこちらの世界に来れたのよね」
「はい」
「どうして来れたのか、わかった?」
「えーと…」
イトは、一所懸命思い出そうとしました。机に座っていたこと、貯金箱を眺めていたこと、ワーフからもらった、ワーフの毛皮のキーホルダーを持ってたこと、あとは…
「ワーフが気に入ってた、私が描いた絵を見てたような気が…」
「そうよ、それで、条件がそろったのね」
「条件?」
「そう。ワーフがあげた、心のこもったプレゼントと、イトちゃんが描いた、こちらの世界の絵よ」
「えっ?!ワーフの世界の絵じゃないです!だって、私が小さい時に描いたものだし…」
「いいえ、その絵は、イトちゃんがそのとき夢に見た、こちらの世界の、この家の絵だったはずよ」
「夢なんて、覚えてないけど…。でも、なんで見たことないのに、夢にでてきて、しかも私、絵に描いたのかな…」
「それは私にも分からないんだけど、こちらの世界には、よくあることなの。子供のときに突然いなくなって、そのあとに、こちらの家が描かれた絵が現れるのよ。そうしたらその子は、どこか違う世界に留学しに行った、ということになるの」
「えっ!突然いなくなっちゃうなんて…みんな、心配しないんですか?」
イトはびっくりして言いました。
「もちろん心配になるけど、必ずまた会えることを知ってるし、しかもとても成長して帰ってくるから…」
「でもワーフは、自分がどこから来たのか、覚えてませんでした。二度と帰れないってことはないんですか?」
「それは大丈夫よ。でも、留学した世界では、こちらの世界の記憶はほとんどなくなるの。どうしてか分からないけれど…。新しい世界になじむためかもしれないわね。
しばらくしてから、こちらの世界が描かれた絵が、またいつのまにか消えてしまうの。そうするとその子供は、近いうちに帰ってくるのよ」
「じゃあ、あのえが あれば、イトのせかいと、いったりきたり、できるってことなの?」
ワーフが聞くと、お母さんが言いました。
「ワーフが、こちらに帰ってきてから描いた絵、あるでしょ?」
「うん。ボクのへやにはってあるよ。でも、イトが かいたえじゃ ないけど…」
「それでいいのよ。それから、ワーフは、イトちゃんの家族にそれぞれ、自分の毛皮で作ったキーホルダーをあげたのよね?」
「うん!クリスマスプレゼントにね!それぞれ、リボンの いろを、かえたんだよ」
「思いのこもったもの…そのキーホルダーね。それと、絵と、それから、お互いに会いたいっていう気持ちがそろえば、世界がつながるのよ」
「じゃあそれがあれば、これからは、好きなときにワーフに会いに来れるってことですか?」
「ええそうよ。一度つながってしまえば大丈夫。いつでも会いに来てね」
「やったーっ!」
ワーフがとびあがって、くるんと一回転しました。イトも、思いがけない答えに大喜びでした。
「さあ、さっそくお父さんとお母さんを呼んできて、一緒に晩ごはんにしましょう」
イトとワーフは、二階のワーフの部屋に、飛んでいきました。そして、ワーフが描いた、イトの家族の絵の前に立ちました。
「でも、どうやって帰るんだろう…?」
イトが言いました。
「よくわかんないけど…ボク、とびこんでみる!」
「えっ?!ワーフ大丈夫?」
「だいじょうぶだよ!」
言うなり、ワーフは、絵に向かって飛び込みました。
…ドシン!!
「イタッ!」
「ワーフ、大丈夫?!」
「…うーん、うん、だいじょぶ…」
「もう、ワーフったら、あわてすぎだよ。きっと何かほかにも、しなきゃいけないことがありそう…」
「んー…どうすればいいのかなあ」
二人は考え込みました。
「ねえワーフ、さっき、おかあさん、なんて言ってたっけ?」
イトが言いました。
「えっと、なんだっけ?あ、おうちの え と、たしか…あいたいって、おもうこと…」
「あとは、えーと…心のこもった、プレゼント…あっ!ワーフのキーホルダー!
でも、私がワーフの世界に行くときに持ってたものだから、違うかなあ」
「そっか…」
「うーん……」
イトは部屋の中を見まわしました。
「あっ!」
イトが叫びました。
「もしかしたら、ママがワーフに作ってあげた帽子じゃない?」
「ああ!あのクリスマスプレゼントの!」
ワーフはサッと飛び上がると、壁のフックにかかっていた、青色の三角帽子を持ってきました。
「イト、いこう!」
「えっ、もう?!わっ、わわわ…!」
あわてん坊のワーフは、帽子をかぶると、イトの手をさっと取って、壁の絵に向かって飛び込みました。
イトは、ぶつかる!と思って目をつぶりました。けれど、ぶつかると思った頭は大丈夫で、衝撃はおしりに走りました。
ドシーン!!!
「いたっ!」
イトがしりもちをついたところは、イトの部屋の床でした。
大きな物音を聞きつけたイトのママが、あわててドアを開けました。
「あらっ?!イト、なんでいるの?!どうしたの?大丈夫?!………あっ!!ワーフ!!!」
すぐとなりに浮かんでいたワーフは、イトのママの腕に飛び込みました。
「ママ!ママ!!ぼく、またこれたよ!」
「ワーフ!!急にいなくなっちゃったから…」
ママは、ワーフを抱きしめました。
「ママ?イト?どうした?」
パパも部屋に入ってきて、ワーフを見て驚きました。
「パパ!!ただいま!!」
パパもママもワーフも、嬉しくて泣いていました。
しばらくして落ち着いたとき、
「パパ、ママ、私まで急にいなくなってごめんね、心配したと思うんだけど…」
と、イトが言いました。するとママが、
「えっ?お友達と遊びに行ったんだと思ってたわ。朝早く、パパが送ってったのよね?」
「え?そんなことしてないよ。…え?」
「だって、このメモ…私が起きたら、枕元にあって…」
イトがいつも使っているメモ用紙に、イトの字で、お友達と遊びに行くことや、パパに送ってもらうことなどが書かれていました。
「え…?!私、こんなの、書いてないけど…」
不思議でしたが、とにかくこのメモのおかげで、パパやママに心配をかけずにすんだのでした。
イトは、ワーフの世界に行ったこと、そこであったことを簡単に説明しました。そして、
「今から晩ごはんを一緒に食べようって、ワーフのお母さんが言ってるよ!」
と言って、パパとママを驚かせました。
「…だって、どうやって行くの?」
ママが言いました。
「かんたんだよ!ほら、クリスマスのときに、みんなにあげた、ボクのケガワのキーホルダー、もってきて!」
みんなでイトの描いた絵の前にならび、パパとママとイトは、ワーフがくれたキーホルダーを握って…
目の前がゆれ、頭からぐいっと引っ張られるような感覚がしたと思ったら、もうそこは、ワーフの家の前でした。
展開の早さに、パパが驚きのあまり言葉もないのにくらべ、ママは、
「すごい!」
「かわいい家!ヨーロッパみたいねえ」
「うわあ、あちこち探検したい…!」
などつぶやきながら、きょろきょろしていました。
そこへ、ワーフのお母さんが飛び出して来ました。
「まあ!ようこそいらっしゃいました!ワーフが大変お世話になって…!あなた方が家族になって下さらなかったら、ワーフはどうなっていたことか…ワーフの母のフワワフワーネです!」
「よくおいでになりました!私はワーフの父、フワワフワークです。
うちはパン屋なんで、自慢のパンをいつか食べて頂きたいと思ってたんですよ!ほら、もうテーブルに用意してありますよ!クロワッサンもおすすめですが、ドーナツも…いや、でもバケットも食事に合いますし…
あ!近所にはおいしいお菓子やさんもあるんですよ!今日はもう遅いから、村の中を案内できないのが残念だなあ。あ、そうそうそれから…」
「お父さんっ!!もう、お客様が困ってらっしゃるでしょ?早く中にご案内して…」
ワーフのお母さんが言いました。
「ああ、そうだった!!いけない!悪いくせが出てしまって…すみません。おしゃべりがついつい、止まらなくなってしまうんですよ。どのくらい止まらないかって言ったら…」
「だから!!お父さんったら!ほんとにすみません…ささ、中にお入りくださいな」
その晩は、ワーフのお父さんに負けないくらい、みんなのおしゃべりも止まらなくて、あっという間に過ぎてしまいました。
そろそろ帰る時間になったとき、ワーフのお父さんが言いました。
「あの、お願いがあるのですけど…」
「はい、何でしょう?」
パパが言いました。
「ワーフ、まだまだそちらで学ぶことが、たくさんあると思うんです。またしばらく、そちらで過ごさせてもらうわけには、いかないでしょうか?
あ!もちろん、ご迷惑だったら、断ってくれて良いんですよ!でも、こうやって直接頼んじゃったら、なかなか断りづらいかなぁ…あ、でももちろん、遠慮はなさらずに…」
「お父さんったら!またひとりでしゃべり続けて…すみません!」
ワーフのお母さんが言いました。
「いえいえ、そんな、謝らないで下さい。それより…なんて言いました?」
「えーと、ワーフが…」
「ねえ!ワーフがまたうちに来てくれるってことでしょ?!」
イトが叫びました。
「もちろん、夏野さんが良ければの話で…」
「良いに決まってるじゃない、ねえ!お父さん!」
ママが言いました。
「もちろん、こちらは大歓迎です!みんな、ワーフ君が大好きなんです」
パパが言うと、それまで目を見開いて聞いていたワーフが叫びました。
「ボク、またイトのおうちに、すめるんだね!!ほんと?ほんとにいいの?」
「もちろん、いいんだよ。大歓迎だ」
パパが言いました。
「やったあー!!」
イトも一緒に、天井まで浮かび上がって、くるくる回って喜びました。
いつから行くか決まったら連絡しますね、と言うワークさんたちに手をふり、イトたちはワーフの部屋から帰ってきました。
「ワーフ、元気そうで良かったな。でも、不思議なことが起こりすぎて、頭がパンクしそうだ。空中に浮かべるって、あんなに楽しいものだったとはなぁ」
パパが言いました。
ワーフの家には、二階に上がる階段がないので、パパとママも飛んだのですが、特にママは嬉しそうに何度も行ったり来たりしていました。
「ほんと!子供の頃からの夢だったの…!ああ、次は外を飛んでみたいわ!…でも今度は、うちにみんなで来てもらおうね。イト、ワークさんに、パンの作り方、教えてもらうんでしょ?」
「めちゃくちゃ楽しみ!」
「あら?これ?」
リビングのテーブルの上に、大きなバスケットが置いてありました。上に掛けられた布を取ると、たくさんのパンが現れました。
「そういえば、お土産にパンをくれるって言ってたから、きっと届けてくれたのね」
ママが言いました。
「ワーフのお父さん、あわてんぼうだから、忘れちゃったんだね!ワーフにそっくり」
イトはバスケットに顔を近付けました。
「いいにおい!ほら、こんなにたくさんある!明日の朝ごはん、楽しみ!」
リビングには、パンの良いにおいがただよいました。
ママが一つずつ、テーブルの上に置いていきました。
「クロワッサンでしょ、これはチョココロネ、フランスパンにコッペパン、ミルクパンかな?ベーコンと卵のパンにドーナッツ、それから…」
テーブルの上にパンの山ができました。
そしてママが最後に取り出したのは、フワフワしていて、真珠色に輝く毛皮の……
「ワーフ!!!!!」
「あっ!ボク…あれ?ここ、イトのいえだー。ボク、またねちゃったみたい…」
「すぐに帰らないと、お父さんとお母さん、心配するわよ!」
ママが言いました。
「ううん、だいじょうぶだよ!だってボク、まちきれなくて、きょうから いきたいって、いったの。ほらこれ、おとうさんからの、てがみだよ!」
手紙は、ワーフの世界の言葉で書かれていました。
「向こうの世界の字かぁ。読めないなぁ…あれ?!」
パパが手紙を開いたとたん、ぼんやりと字が消えて、こちらの世界の言葉に、変換されたようでした。
手紙には、またしばらくワーフがお世話になること、いつでも遊びに来てほしいことなどが、書かれていました。
「やったー!!ワーフ、また一緒に学校行こうね」
「うん!たのしみ!」
ワーフが帰ってきて、夏野家はまたにぎやかになりました。
今日もフワワフワーフは、イトの家にいます。
ちょうど今、お気に入りのトートバッグにもぐりこんだところです。
キッチンからは、ママが夕ごはんを作る、ガチャガチャというにぎやかな音が聞こえていました。
カーテンの隙間からは夕日が差し込んで、ワーフの真珠色の毛皮をやさしく照らしていました。
(おわり)
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