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「KIGEN」第六回



 この心臓を取り付け完了すれば、鼓動が聞こえるようになる。脳の中枢部分と連動を始め、AIがロボットの器を自分と認識して完全に目覚める。文字変換機能から言語動作へ表現を切り替えて、動き、話し、会話を成立させるようになる。ロボット内部の機材の過熱・発火を防ぐため、クールダウン機能も備わっている。この仕組みは人体の血液循環を参考にしたものだから、まるで血管のように温度調節器官が巡っている。

「待てよ、ここはもっと軽量化できるかも」

 モニターを睨みながら独り言、素早い計算、修正。心臓部の負担を少しでも軽減する為慎重な作業が続く。もくもく手を動かすかなた。やがて研究所に火花が散る。その時だった。

「熱っ」

 没頭する奏の腕をいきなり掠めたものが在った。手元へ予期せぬ衝撃が走る。火花が一際激しく散った。だが構っている余裕は無い。手を離すと大事な心臓部に傷が付くかも知れない。僅かにでも位置がずれると一大事だ。精密機械の為誤差は微塵も許されない。

「もう少し、あとちょっと」

 ガガガガガガ、ジジジッウィーン、ウィーン、ジュウ、ガシュッ


 ひりひりする腕を後回しにした甲斐があった。

「・・・やった・・・やった・・」
 抑えきれない胸の高鳴りが鼓膜を衝いて止まらない。興奮と感激で瞼を下ろす事さえ忘れた奏の目の前で、横たわるロボットが、ゆっくりと瞳を開いていく。奏はもう待ち切れない。
「いちごう!」

 呼ばれたロボットは上半身をゆったりと起こすと、台の上で身を捩って、目の前の小さな主を見詰めた。

「いちごう。それが私の名前ですか?」
「そうだよ。君は今日からいちごうだよ」
「わかりました。仮名「AIかなたタイプ」を更新します。こんにちは、私の名前はいちごうです。よろしくお願いします」
「よろしくねいちごう。僕の名前は奏。古都吹奏、分かる?」
「はい、勿論知っています。私の製作者、生みの親であり家族であり友達の奏。合っていますか?」

「完璧だよ!完全移行によるバグもないみたいだし。でも自分の呼び方は、私、でいいのかなあ・・・いちごうは男がいい?女がいい?そういえば決めてなかった」
「指示を下さい。私は男ですか、女ですか」
「うーん、ちょっと待ってて。考えとくから」
「わかりました」
「それより、五日後だよ対面は。大丈夫だね」
「勿論です。準備万端です」
「おっと、そうだった。その前に」
「はい」
「お誕生日おめでとう、いちごう」

 奏は相好を崩して満面の笑みを浮かべた。するといちごうが突然台の上から降りて奏をがばりと抱き締めた。
「ありがとう奏!会いたかったよ!!」
 不意打ちに奏は目を白黒させた。
「僕はそんなスキンシップは苦手だよ」
「―日本人の五割以上はスキンシップが苦手。その傾向は年代別にすると年齢が上がる程より高くなる。しかし祝福の場合は積極的に持ち出す方が良いと理解しましたが、修正しますか?」
「ううん・・・僕にも分からないよ。暫く統計取ってから決めてよ」
「了解しました」

 照れ隠す小さな研究者は、たった今ここに、人類とAIの、全く新しい歴史を刻み始めたのだ。



「お待たせ」
 奏の何処へともなく発した言葉の後、掃除用具入れとして購入されたロッカーががたっと不自然に音を立てた。閉まり切っていない扉の内から出て来たのはいちごうだった。

「渉さんはもう来るの?」
「渉さんじゃなくて、お父さんでしょ」
「同一人物でしょう、好きな呼び方をして良いのではないですか。それに私からすると血縁関係はありませんからお父上ではないのですが」
「そうだけど、いちごうは僕と同い年の設定だし、血縁関係はなくても家族なんだよ。父さんを名前で呼ぶのは違和感あるんだもん」
「違和感ですか。わかりました。訂正します。お父さんはもう来ますか」
「うん。朝ごはん食べ終わったら来てって伝えてあるから」
 と奏が言い終わるのとほとんど同時に物音がして、研究所の扉の前へ人影が迫った。ノックと共に渉の入室を伺う声が響く。


「来た」
 奏はいちごうに物陰へ隠れる様に指示しておいて、扉へ向かった。鍵を開けて父を迎え入れる。
「お待ち遠さま。今日は助手が必要だったかい」

 渉は足を踏み出しながら息子の顔を振り返った。奏は珍しくにこにこと笑うばかりで答えない。渉が顔を戻した時、物陰からゆったりといちごうが姿を現した。唖然と立ち尽くす渉の目の前まで進み出る。

「お父さん、お誕生日おめでとうございます」
 本日四月一日、渉五十歳の春であった。


「・・・・・エイプリルフールだけど、どっちだろ」
「本当だよ、僕は完成させたんだ」
 いちごうは渉よりも背が高い。渉は驚きの余り、ただただ目の前のロボットをぽかんと見詰めていた。そこへいちごうが右手をスムーズな動作で差し出した。

「初めまして」

 いちごうの腕は、筋のようなコイルやら金属がまだ殆ど剥き出しだ。そこまでは間に合わせられなかった。顔だけは、それらしい被り物で誤魔化して目の玉が動いても怖くない様にしてある。シリコンでも揃えて皮膚を作らなくちゃと、渉は涙ぐみながら手を差し出した。握り返したいちごうの手は、ガシリと金属的に冷たくて、それなのに指の動きがしなやかで手を握っているとはっきり自覚できるものだった。

「初めまして、奏の父の、渉です」
「可愛い名前だね、今度一緒に食事でもどうかな」
「・・・奏・・AI、だよね?」
「冗談ですよ」
 いちごうは真顔になって補足したが、奏は俯いて頭を抱えた。

                        (一章・起源・終)

第七回に続くー



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ようこそいち書房へ。長編小説はお手元へとって御自分のペースでお読み頂きたく思います。

「AI×隕石×大相撲」 三つの歯車が噛み合ったとき、世界に新しい風が吹きました。 それは一つの命だったのか。それとももっと他に、相応しいも…

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