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「KIGEN」第六十一回
十勝に指摘されて、矢留世は思わずひゅっと息を吸って噎せた。三河の渋い顔は見なくても想像できる。言うべきでないことまで漏らしてしまったのだ。宇宙アミノ酸の話はJAXA内部でも厳重に管理されて来た情報で、外部の人間に不用意に漏らして良いものではない。だがもう口へ上らせてしまい、十勝にしっかりと聞き返されてしまった。矢留世は隣の上司を見た。困った時は三河だ。三河は一つ頷いた。白状するしかない。これで事態が悪い方へ動いた場合は連帯責任も覚悟したという顔をしていた。矢留世はこれを受けて十勝に宇宙アミノ酸について、そもそもそれを基源の体内へ運び込んだ隕石の話から、自分達が立てた仮説と医師の診断など、AIロボットとして誕生した基源が人間の姿を持った今日までの話を聞かせた。
全て聞き終えた十勝は、暫し目線を宙に投げて脳を整理している様子だった。そうして彼等の前へ戻って来ると、元の通り背筋を伸ばして口を開いた。
「お話下さってありがとうございます。宇宙アミノ酸というものについて、お話の途中でおぼろげながら数年前に新聞記事で目にした事を思い出しました。しかしそれと基源の関わりなど想像だにしない展開でした。余りに衝撃的かつ重大案件と推察致します。今の段階では私の胸の内に仕舞って聞かなかったことにしておきたいと思いますがいかがでしょうか」
「そのように御配慮頂けるのでしたらありがたく思います」
出来ない理由が存在しない。十勝は当然の如くにしかと頷いた。彼女の見せた深い自信に一先ず安堵して、矢留世は話の続きを、何より一番伝えたいと思った基源の生態について語り出した。
「それで、もう少し話の続きをしたいのですが、基源の血管はほぼ人と同じく指先など細部に亘るまで巡らされています。先日の出血で御理解頂けると思いますがあんな風に外部から衝撃を受ければ人と同じく血管を傷付けます。部位によっては彼の方が脆い箇所もあります。痛覚や味覚などは勿論、感情の芽生えも多岐にわたり、それは日に日に豊かとなる一方です。同年代の子どもたちと比べるとより幼い思考から出立しましたから、まさに成長著しい。反面頭脳はやはりAI基盤ですからずば抜けています。平時は敢えて人工知能に頼らない頭を働かせるらしいですが、いつでも実力発揮できる状態なのです。感情が追い着かず言葉を選び損ねたりする事がありますが、だからこそ人間味も感じる。そこが基源の愛嬌であると思います」
矢留世はこう締めくくり笑顔を見せた。傍で見守ってきたからこそ自然と現れるにこやかな眼差しがそこには在った。
「わかりました。我々大相撲の世界も人様に喜んで頂いてなんぼの世界ですから、図抜けた人気と愛嬌のある存在は大切です。偉ぶった言い方で申し訳ありませんが、一先ずはあなた方の意見を信頼して、引き続き基源を見守っていこうと思います。丁寧に御説明下さったこと、感謝申し上げます」
十勝はまた隙のない辞儀をした。話に終わりが見えて場の空気が落ち着くと思われた矢先、ところで―と十勝が声を落とした。矢留世も三河もとっさに身構えた。十勝は二人が慄いても構い無しに口を開く。
「AIロボットの基源がこれだけ世間へ認知されているにもかかわらず、他国が不気味な程何も言って来ないのが気になります。相撲協会の会見場にもJAXAの会見場でも一人としてそれらしき姿を見掛けませんでした。インターネット環境の整えられた昨今、情報を入手できない筈がないでしょう。それなのにまるで傍観者ではありませんか」
「それは・・・実は我々も首をかしげているところで」
とこれには本来矢留世の上司である三河が応じた。本部の中でも何故だろうと話題になっているのだ。他国もそうだが自国政府にも動きが無い。中学校への編入を求めた当時文科省を通じてあれ程関わったというのに、国主体を断って独自に研究を続けるからなのか、国も文科省ももう長く何の接触も図ろうとして来ない。十勝は三河の話を聞いて、少し考えた。
「我が国は既に周回遅れとか」
「まさか」
矢留世は反射的に否定しつつも胸の何処かで可能性を否定できない自分がいるのを無視できなかった。三河にしても同じである。
宇宙に存在するアミノ酸などの有機物質を付着させたままの隕石さえ手に入れば、世界中どこでも同じ事象は起こり得る。今回の基源誕生の背景には偶然の重なりに依るところも大きく、稀な結果であるのは確かだが、同じ事を意図的に試みる人間が居ないとは限らない。人工知能の研究自体、全世界で急速に発展、進歩している事実もある。AI搭載の人型ロボットの開発、誕生など、より人体に近い動きをするものも増えており、巨額の費用をつぎ込んで意欲を見せる投資家も少なくないのが現状だ。人工知能はいつ誰が何処で頭一つ抜け出してもおかしくない、最先端技術の結晶となり得る分野なのだ。
これだけ世界が注目している分野にあって、AIロボの有形化を公にしないまま、既に人間社会の日常へ送り込んで生活させてはデータ収集している国があっても不思議ではない。そうであるなら隕石の事は明かさずに、AI搭載の人間が誕生したと騒いでいるだけの国を、しばらく成り行きを傍観していれば十分と判断されてもおかしくない。国にしても事があまりに未知の領域なのだから、一先ずは傍観者である方が損失も少なくて済むと考えたのだろう。
第六十二回に続くー
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