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「KIGEN」第八十三回



   十一章 「両国は風のかなたに」

 理事長の諮問によって横綱審議委員会の定例会で、基源と天秀峰を横綱に推薦するか否かが話し合われた。それに先立ち理事長に臨時理事会を要請する審判部長は、綱とりに挑戦しながら優勝できなかった天秀峰について最後まで頭を悩ませた。だが、大関になってからの活躍を見比べても、二人は遜色ない成績を残している。これで片方のみを審議にかけるのは不平等だとの結論に至った。


 横審は二人の力士について、相撲の実力、成績、日頃からの振る舞いなどじっくり話し合った。なにより重要視されるのが「品格」だ。横綱という角界の最高位に相応しい人格者でなければ、全てに於いて秀でた横綱になる資格はない。その覚悟があるかもここで協議される。その結果、二人は揃って横綱に推薦される事となった。

 続けて臨時理事会が招集された。

 人気、実力共に互角。人工知能を持った基源と、人間である天秀峰。二人同時に横綱へ昇進するとして、天秀峰はそれをどう受け取るか。立派な横綱としてやっていけるだろうかが議題に上がった。誰もが手探りで首を傾げるなどする中、副理事の十勝は断言する。


「彼は大丈夫でしょう。誰よりも身に染みて知っている筈です。基源が本物の力士であるかを。ライバルであると早々宣戦布告して見せたのも天秀峰の方ですよ。宣言通りライバルと競い合ってここまで上り詰めたんです。堂々と立派な横綱になりますよ。二人して角界を引っ張って貰いましょう」

 理事会の面々は納得顔で頷いた。若い二人の活躍をその目で間近に見て来たのは自分たちにしても間違いなく、今更人間だのAIだのと御託を述べるのは最早ナンセンスだと思えた。理事会の判断も、満場一致で決まった。こうして世に、基源と天秀峰、二人同時に横綱が誕生する事が正式決定した。
「但し」
 と、和やかに終えそうであった理事会に十勝が待ったをかけた。十勝は、基源が横綱へ昇進するには、彼が日本国籍を取得することを条件に加えるべきとの持論を展開した。十勝の言い分はもっともだった。基源は誕生からここまでずっと無国籍のままなのだ。その存在を宙ぶらりんのまま、入門時に垣内親方が身元保証人を請け負う事で、特例で力士を続けていた。思い返せば基源という稀有な存在が社会に同居する事になって以降、重要案件が浮上する度、毎回「特例」という便利な言葉が採用され、今後の道標になる様な議論は悉く避けられてきた。中学校入学手続きにしてもそうだった。

 十勝はこういった前例のない事案について何処までも及び腰な国へ向けて、決断力を求めていた。一見すると基源が横綱へ昇進するには厳しい条件と見せかけて、その実基源を、彼の今後の人生設計までを考えて巧みに後押ししている。十勝は本来文科省筋の人間であり、いずれは国の膝元へ戻る筈の人間だが、そういう十勝だからこそ、人知れず歯痒い思いが在ったのかも知れない。どちらにしても、自らが本物と認めた基源という一個の個性を潰さない為に力を尽くす。それが十勝の策略であり彼女らしい思い遣りでもあった。基源の為という大前提を打ち明けられた大相撲協会は、早速意見書をまとめて政府へ基源の日本国籍取得許可を要請した。国は、国技である大相撲で長年に渡りこれだけの活躍を見せて来た基源について、最早動かないわけにいかなかった。

 政府は特例・・事案として基源の国籍取得を認める旨を発表した。またしても特例の域を出なかった事を十勝は嘆かわしく思った。しかしながらこれで基源は遂に日本国籍を取得したのだ。正式に日本人の一人として、あらゆる権利を得た。税金を納める社会人の一人である。住民票もある。投票権もある。政府の発表によれば、今後何かしらの社会的支障が生じた場合には、その都度対策を講じるという。またこれによって国民が生命等を脅かされるような想定外の事態が発生した場合には、該当者の国籍剥奪もあり得るという注釈迄付け加えられた。狡猾なのか及び腰なのか判然しない対応だが、これを受けて大相撲協会とJAXAの研究チームは連名で、基源に関する全ての行動責任を我々が負うと発表した。


 基源の本名は「古都吹いちごう」と決まった。

「漢字欲しかった?」
 と奏が尋ねた。
「奏が付けてくれた時は?あったの?」
「平仮名でいちごうだったよ」
「じゃあそのままでいい。平仮名も好き。アイリーも読めるから」
「アイリーさんはもう漢字もたくさん覚えてるよ。新聞だって自分で読めるよ」
「そうなの!?やっぱりすごい人だなあ」
「本当だね。いつか故郷に帰れるといいよね」
「・・・帰りたいかな、アイリーも」
「うーん・・・」
「もしもいつか、そうなる時が来たとしても、この国のことを、ここで出会った私たちの事を、第二の故郷と思ってくれたら光栄だね。私はそう思う」
「基源、やっぱり賢いなあ。大人になったんだね」
「それ人として褒めたの?AIの性能を褒めたの?」
「そういう事聞かないの」


第八十四回に続くー


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「AI×隕石×大相撲」 三つの歯車が噛み合ったとき、世界に新しい風が吹きました。 それは一つの命だったのか。それとももっと他に、相応しいも…

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