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「小豆がぐつぐつ、ことこと、あんこに姿を変える迄、静かに筆を執っている」

 天気予報は外れて、朝から太陽の照り付ける。朝と夜とが半分ずつではない今日と云う日に、久し振りであんこを作ろうと思い立つ。打ち明けるなら、執筆の隙間。

 台所に執筆の相棒を持ち込んで、鍋で小豆をじっくり炊きながら、このあんこの文を書いている。台所にはベランダへ出るようなガラス扉が二枚ある。外の風を入れるに丁度良いその扉の、網戸の在る方を開けている。レースが微かに揺らめいては、風の通りを知らせてくれる。送れて足元に涼が漂う。ドイツ菖蒲に気圧されて大きくなり損ねた今年の紫陽花が二株見える。柿の木を切った代わりに南天が勢力を増して太陽にひたむきである。いずれも今日の眩しい程の陽射しを浴びて、盛んな緑の葉面、室内からも輝かしいばかりである。

 朝一番でもち米の半端があるかを確認した。正月用についた餅の残りがあった。二合程使う事にして、早速洗う。水に浸す。小豆を確認するとなぜか二手に分かれていた。無いと思い買い足した。そんなところだろう。誰の仕業か。自分に間違いない。全部で三百グラムある。予想より大分多いが使ってしまうことにする。一旦水に浸けて、風呂だの洗濯だのに取り掛かる。全部水に浸けてしまってから、赤飯用に百グラムくらいはよけておけばよかったかとちらり思う。それから家事の合間に砂糖を用意しておく。今日は奄美大島の黒糖を贅沢に百グラム使うことにする。黒糖は粉状では無くて、ごつごつ塊になっているもの。以前店頭で偶然出会った代物で、これがとても美味しい黒糖だった。優しい天然の甘さは、煮物にもあえば、そのまま齧っても美味しい。いつもは売っていない。だから大事に使うのだけれど、今日は久し振りのあんこ作りだから、奮発してどんと使い、とびきり美味しいあんこを作ろうと思うのだ。残りの百グラムは三温糖にする。ひたすら優しい甘味を持つ砂糖。

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 小豆の鍋を火にかけて、朝ご飯を食べる。小豆は未だ軽快な音を立てている。からからと、弾ける様に軽い。見た目は今が一番、実は愛らしいと思う。一粒一粒がてりてりと輝き放っている。美味しいあんこが出来ると良いなと思う。

 沸騰したら、一度茹で零す。水を入れ直して又火にかける。さて、ここからがあんこ作りの本格化である。完全なる独学。作り方は知らない。ただ好きだから、善哉の果てはあんこだろうと云う安易な発想で、数年前から挑戦始めたものである。水を入れ過ぎるとあんこにはならない。小豆がしっかり浸る位の水をいれておき、後は小豆の様子を見ながら足してゆく。沸騰するまでは蓋をして放っておく。噴き零さないように気を付けるのを忘れない。りんごを齧りながら、レタスを頬張りながら、鍋の様子を気に掛ける。沸騰したら中火以下にして、蓋をずらしたままにする。木しゃもじで時々混ぜて小豆の様子を見る。ころころと音がする間は未だ固い。鍋の内側で力を入れなくても潰せるようになるまで、ひたすらことことする。

焦ってはならぬ。焦ってはならぬ。力を入れず潰せるようになるまで。水の量に気を付ける。未だ固い。だが混ぜると少し重みを感じる様になってきた。次第に音もしなくなる。蓋を完全に閉めてみる。パソコンの前に座って少し打つ。立ってコンロの前へ行く。小豆が重くなっている。いい香りも充満してきた。然しまだ早い。鍋の底からゆっくり混ぜて、蓋をする。

朝ご飯は当の昔に食べ終えている。歯磨きだって済ませて来た。風が入る。また少し打つ。立ってコンロの前へ移動する。

小豆を火にかけて一時間と四十五分。

小豆を鍋の内側へ押し当てると割合容易く潰せるようになった。ここで餅米のガス釜のスイッチを入れる。それから愈々奄美大島産の黒糖の塊を、一つずつ、ゆっくりと、溶かしながら入れていく。小豆の海に飲み込まれて忽ち姿隠す黒糖の塊。木しゃもじに当たる感触は小豆か黒糖かわからぬ。ただ美味しそうな気配がする。それから三温糖を百グラム、こちらも少しずつ、混ぜながら入れて行く。水分が多くないかとどきどきしている。大丈夫、上手くいくと、言い聞かせる。

さて、砂糖を入れるともう手が離せない。やや強火にして、底から鍋を混ぜ返す。ぐつぐつさせては、混ぜ返す。いつの間にか汗の粒が喉仏を伝った。蓋はしない。混ぜては、殆ど崩れかけの小豆が踊らされている様を斜め上から凝と眺めている。木しゃもじで、それらを少しずつ潰しながら、あんこへと今まさに変わっていく様を眺めている。砂糖が全部溶けたところで一度火を止める。その方が水分が飛ばしやすい。別方面からも良い匂いが漂うと思っていると、ここでもち米が炊きあがった。ガス釜は自分の斜め後ろ。目の前にはガスコンロ。私は火に挟まれていた。夢中になると暑いのも忘れる。

しゃもじを使って、もち米をぺったんぺったん混ぜていく。まるで餅つきのように、粒を残した餅をイメージして、混ぜる。白いきらきら。もっちりと存在感を放ち食欲をそそる。もう暫しの我慢である。小豆の鍋を少し混ぜる。蒸気が上がり、水分は順調に抜けている。

もち米を適当な大きさにしては大皿の上へ並べて行く。おはぎにする程の量ではないから、奇麗に丸める必要もないと気楽にポンポン載せておく。あっという間に二合分を並べ終わる。

小豆の鍋の火を点ける。愈々最後の仕上げである。少し強火で、水分をどんどん飛ばしながら、小豆を混ぜる、混ぜる、混ぜる。一度抜けた淡く濃い小豆色は再び一粒ずつへ戻って、一層色濃く光っている。今日は黒糖が多いからか、全体的に色味が深いように思う。

混ぜ続けて、遂に、見覚えの或る小豆の状態になった。木しゃもじで動かす先から元へ戻るような、緩い液状。マグマみたいな状態だ。火を止めて、冷ましにかかる。一見するとまだ水分を飛ばし切れていないようにも見えるが、冷ますことでみるみる知っているあんこの姿になっていくのだ。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 

小豆を火にかけて二時間半。粒を残したあんこが完成した。

先ずは小皿におはぎモドキを一つのせ、あんこを被せて、きな粉をかける。きな粉に砂糖は入っていない。これは仏壇用。一番に味見して頂こう。

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それから大皿のおはぎモドキにもあんこを被せていく。小豆の粒が立って我ながら美味しそうに思う。気が逸る。一皿へは白胡麻をかけた。もう一皿にはきな粉と、くるみを飾ってみる。

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完成。全部終えたら三時間経っていた。私の良く知る上品な和菓子の面影は残念ながらない。自分の手仕事に品を求めてはやり切れない。だが味には自信アリ。実は炊飯釜に残ったのと指にくっ付いた餅モドキへ、出来立てのあんこをぽてんと落として味見しちゃった。ほくほくのあんこ。イケナイお味がした。大変美味しく出来上がってしまった。甘さ控えめ。如何にも自分好み。

然し次回までに修正すべき点があるとすれば、黒糖の割合は四か三でもよいと云う事。喉を通り過ぎた後の余韻が、強すぎた。コクの主張が強い。折角の美味が勿体無い。そしてもっと甘さ控えめで良い。小豆三百に対して二百だった今回。次は百五十で作ろう。

奥深しあんこの世界。開運堂さんの和菓子に触発されて、どうにかあんこを作る時間ができて大変喜ばしく思う。何を目指しているかと我ながら苦笑を禁じ得ないが、美味しいは楽しい。全ての源であるから、舌の赴くまま、好奇心の赴くままに歩く食街道でよいかと思う、とある休日の昼下がりであった。


時に、こんなに作ったおはぎモドキ、一体誰が食べるのだろう。


             大鉢のあんこは三つに分けて冷凍した いち



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