掌編「味噌おでん」
十八歳。独り立ちして初めての冬、名古屋。
仕事帰りの深夜、急におでんが食べたくなってコンビニへ寄った。実家では毎年寒くなると母親が作るおでんが飽きる程食卓に出て来たから、まさかいきなり外で食べたくなるとは思わなかった。大根や玉子、がんもなんかを容器に詰めてレジへ持って行き、会計を済ませようとしたら、店員が蓋の上にからしと味噌を付けた。家に帰っておでんの容器をテーブルに載せて、俺は一人でツッコんだ。
「おでんに味噌って何?」
おでんと言えばだしと醤油味と決まっている。合うとも思えない。間違えたんかな。いや待てよ、名古屋だろ、味噌って有名なんだっけ。味噌煮込みうどん、味噌串カツ、じゃあこれ、味噌おでんか。俺は迷った挙句面白半分大根に味噌を付けて食ってみた。
「・・・ない方が美味いって」
俺は味噌を残したまま、だしの効いた醤油味のおでんを一人で食った。味噌の味はなんだか甘いし、容器のおでんも味気ない気がするし、ここにきて母親の作るありきたりなおでんが無性に食べたくなってしまった。
「はあーあ」
一人きりの冬の夜、初めてホームシックを味わった。
*
俺、二十七歳、名古屋で迎える十回目の冬が来た。
「先輩ー見て下さいよこれ!コンビニでおでん買ったら味噌が付いて来たんですよ、なんでですかね?」
同郷の誼で可愛がっていた新入社員が、気付くと一緒に住んでいた。たしか一人暮らししていたアパートの隣室でガス漏れ騒ぎがあって、巻き込まれるのを恐れていたのがきっかけだった。数日のはずだったが、何故か二人暮らしが定着しつつある。それはまあ、取り敢えず置いておいて。
おでんの容器をテーブルに載せて笑っている後輩の姿は、まるであの頃の俺と同じだった。俺は味噌の小袋へ手を伸ばして、しげしげと眺め見る。おもむろに封を切ると、後輩の大根にぶちゅっとかけてやった。
「ああー!何するんですか!熱々おでんがっ美味しいおでんがぁ、台無しじゃないですかー」
「ばかだなあ、これが美味いんだよ。食ってみろよ」
半べその後輩は割り箸を握って味噌のかかった大根を口に運んだ。暫く口を動かして、
「これはこれでいいけど、なんか違う・・」
まあな、最初はそう思うんだよ。俺も思ったもん。
「ところがずっと住んでると、癖になるんだよ、これが」
あり得ないと思っていたのに、いつの間にか味噌は当然のものと思うようになっていた。スーパーでも総菜売り場へ行くと高確率で味噌串カツに手を伸ばすし、おでんに味噌(笑)、と余所の人間に鼻で笑われるとむっとする。越して来ておよそ十年、俺の舌はすっかり名古屋味に染まったのだ。今では実家へ帰省の折にも名古屋の味噌を手土産にするくらいだ。母親はおでんではなくもつ煮込みやふろふき大根などに使っているらしいが、それはそれで美味いと家族に評判らしい。まあ、当然だろ。名古屋の味噌だからな、等と何故か俺が得意になる。
後輩は不満気ながらも味噌おでんを食べきった。あとで買い直しに行ってやるかと思う。
「今度味噌煮込みうどん食いに行ってみるか、まだ食った事ないんだろ」
「ないです、美味いですか?」
答える代わりに笑った。食えばわかるから。
後輩は俺の顔を見ていくらか期待が高まったらしく、目尻を崩して笑っていた。
おしまい
お読み頂きありがとうございます。「あなたに届け物語」お楽しみ頂けたなら幸いにございます。