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短編「やんごとなきフルーツ戦争」

 令和三年、春の終わり。それは些細なきっかけで、然し苛烈に、開戦の果汁は絞り落とされたのである。

 新進気鋭の苺王国が由緒正しきメロン王国に宣戦布告した。メロンは憤りに任せて苺へ蔓を振り回した。苺は細やかな動きでこれを躱す。続いてビニールハウスから長距離弾道ホースを使って、メロンの畑へ照準を合わせ、先ずは一発、続いて二発、熟れすぎて果てた仲間の粒で作り上げた遺伝子玉を飛ばした。あわよくばそれを根付かせて畑ごとメロンの居場所を奪おうという姑息な手段であった。無論メロンが黙っていない。品種改良重ねた硬い表面を使って、いとも容易く遺伝子玉を領海の外へ弾き出してしまった。苺は自陣でヘタを反らし、顔を一層真っ赤にして怒りに震えた。

 この突如始まったフルーツ戦争、他のフルーツたちも徐々に立場を表明し始めることとなる。それも苺とメロンの水面下の活動によって、益々混迷を極めて行った。
 こちら苺陣営。
「大佐!」
「なんだ!」
「バナナは駄目でした!あの手この手を尽くしましたが、我々は温室育ちの為、高みの見物決め込む。の一本張りです!一皮剥ければまた態度も柔らかくなると思うのですが、現段階では難しい様です!」
「くそう!奴らいつまでも青いな。まあいい。それならキウイっ!キウイの奴らはなんと言っとる!」
「はっ!キウイはその―」
「どうした、はっきり言わんか!我々と同じ粒々触感を取るのか、それとも奴らのように青くさいグリーンを取るのか、どっちだと云って来た!」
「キウイは、金次第だそうであります!」
「くそう、ゴールド好きめっ、足元見やがって。もういい、他を当たる!そうだ、りんごだ。りんごはどうした!あいつら同じ赤の誼(よしみ)があるだろう。りんごはどちらへ付くと言っている!」
「駄目です!りんごは只今木箱の中で眠っており、バケーションタイムだそうです。表明はありません!」
「叩き起こせっ!」
「無理です!」
「大佐!」
 別の苺兵士が転がる様に大佐の元へ駆けつける。
「どうした!」
「たった今チルド便が到着しました!送り主は西瓜王国です!夏迄長引くようなら西瓜総帥が介入すると言って来ましたっ!」
「何だとっ!あいつらは野菜だろうが!」
「糖度条約をこじつけて割り込む算段らしいと、政府筋に詳しいサトウキビ記者からの情報が在ります」
 大佐は苦虫噛み潰したような顔をして、表面に思わず滴る甘い汁を木綿のハンケチで拭き取った。

 数に物を言わせんとする苺と、堅い守りで断固侵入を拒否するメロンとの攻防は、夜明けから日没まで、早くもひと月に渡って続けられていた。一粒戦力を失っても、翌朝には粒ぞろいの若者が戦線に到着してくる苺は攻撃の手を休まず動かし続けた。対して味方の補給に時間を要するメロンは、然しながら厚い皮があまりに頑丈で隙が無い。辺り一帯に迸る果汁をものともせず、自陣を守り続けた。戦況は大きな動きもなく、両者の疲弊だけが日に日に明らかとなって来る。

 愈々攻めあぐねた苺大佐は、不図机上の写真立てに瞳を向けて、我に返った。
「そもそも我々は、一体何のために戦っているんだ」 

 戦のきっかけを作ったのは、たった一枚の写真であった。
 まだ草木の芽吹き始めたばかりの三月の半ば、世界果物新聞の一面へ大々的に掲載されたその一枚の写真には、プリン・ア・ラ・モード王妃の三女、プリン・ア・ラ・モード・ショコラ姫、齢八つ。が、メロン国王の子息、齢十七。と仲良さそうな様子で収まっていた。トップ会談の余興として催された会食中の一幕であり、スキャンダルでも何でもない、社交辞令の一枚に過ぎなかった。
 ところがこれに苺王国の一粒種、苺王子、齢十三。が激しく嫉妬した。彼は後継者が自分以外に存在しないのを良い事に、過剰に甘い純温室ハウス育ちの、所謂わがまま坊やであった。父である国王を嗾(けしか)けて、とうとうこの無謀な争いに発展させてしまったのだ。
「苺王子は某国の姫と王子に裏切られ、騙された」

 偽りの開戦理由に、始めの内こそ国民も同情寄せて、もてはやされた苺王子であったが、戦いが長引く内、段々国民は身の内にすが立った様な気がした。その上各国の鮮度の良い果実が出回らなくなると、いよいよ不満を抱き始めた。街には「ミックスジュースが作れない」「彩が物足らない」「栄養バランスが偏って来た」「映えない」と云った声が連日飛び交う。
 更に追い打ちをかけたのが、苺王室専属執事の密告であった。紙上で突如明らかにされた苺王子の嫉妬に満ちた恋心によって、世論は益々混迷の様相となる。国内で王子の株は下がり、国王は信用を失いつつある。ところが反対に対峙するメロン国で苺王子へ心寄せる者が表れる等、情勢は極めて不安定であった。加えて小国の無花果国と新興国のさくらんぼ国が同盟を結んで和平協定を働きかけようとする動きもあった。果実の大奥とされるマスカット国の動きにも注目が集まり始めていた。マスカット国が動くとなるとここまで静観決め込んでいる葡萄国が必ず後ろ盾となって表舞台へ出て来るはずである。そしてこのまま夏になれば、宣言通り西瓜が介入する懸念もあり、そうなると彼等は強国なだけにかえって厄介な事になると予想された。

 各国がこれ程までに躍起になるのも、ひとえにかの国の三女プリン・ア・ラ・モード・ショコラ姫が、絶世の美少女だったからである。かの国の三姉妹は皆美女揃いで、一番上の姉のプリン・ア・ラ・モード・ビター姫はチョコレート島の子息と、二番目のプリン・ア・ラ・モード・スウィート姫はココナツ王国の子息と、それぞれ既に婚姻しており、このまだ若い三女の動向は、常に世界中の注目の的であったのだ。
 そうした中、各国の果肉・スイーツ専門家の意見として切々と望まれたのが、今回の騒動の中心人物である、プリン・ア・ラ・モード・ショコラ姫直々の声明であった。彼女さえ正直な所を打ち明ければ、この騒動は一気に完結、否完熟させられる筈と、関係各国はプリン・ア・ラ・モード・ショコラ姫へ焦がす程熱い視線を注いだ。

 あまりに熱い世界中の視線を注がれ続けたプリン王国は、とうとう国の象徴と云われるほんのり甘くて苦いカラメル河を焦がし尽くされる前に、プリン・ア・ラ・モード・ショコラ姫の肉声を発表せざるを得なくなった。あらゆるメディアを駆使して発表されたその声明に、世界中が注目した。

 カメラの前に立ったプリン・ア・ラ・モード・ショコラ姫は、身を震わせながらも、自身の言葉で、正直な気持ちを打ち明けた。
「わ、わたくしが一番お慕い申しているのは・・・生クリーム姉さんにございます」
 頬をほんのり桃色に染めてそう伏し目がちに告白したプリン・ア・ラ・モード・ショコラ姫は、俯いたままお辞儀して、カメラの外へ駆けていった。

 フルーツ各国の長は、揃って萎れ返ったという。

 こうして危うく長期戦に陥りそうであったこの無謀な争いは、苺王子を始め各国の子息の失恋と、苺王国の誠心誠意の謝罪によって、ようやく幕を引く事となった。世界は再び平穏な光合成を取り戻した。

 日常を取り戻した苺大佐の執務室である。側近の苺兵士が入室してきた。
「失礼します。あれ、大佐、何を御覧になっておられるのですか」
「ん、いや何、思い出の写真だよ。見るか?」
「は、それでは失礼して、拝見させて頂きます」
 受け取った額には、幼い苺王子、メロン子息、りんご嬢、バナナの三つ子、キウイ坊や、マスカット姫に葡萄王子、無花果男爵、さくらんぼ姫、西瓜大臣、それに各国の長たちが皆一様に子煩悩の笑顔を浮かべて、プリン王国のファミリーと、傍に寄り添う生クリーム族を囲んで和やかに写真に納まる姿があった。
「素敵な写真ですね」
「だろう。懐かしいな―」
 大佐はそろそろ熟しきりそうな瞳を一層細めて、窓の外の穏やかに晴れた青空を見上げた。

 一方その頃、海上では、オレンジ国のオレンジ元帥が、大量の軍艦を率いて、果実社会の統率を守る世界機構、ワールドフルーツオーガニゼーション・通称WFOへ乗り込むべく、本島へ着々と向かいつつあった―

 その目的とはいかに。いずれにせよ、争いの火種に間違いなく、世界は再び混乱の渦に巻き込まれるのかと、民衆の溜め息滴るような予兆に違いなかった。
                           続かない。

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