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「KIGEN」第三十二回


「奏氏はいまや正式にチームの一員だ。見る権利がある」

「でもっ」

「二人は冷静に対応すると俺は思う。血気盛んなリーダーよりも当事者であるが故、落ち着いて見るんじゃないか」

「・・・・・すみません。三河さんしか居なかったから、つい頭に血が上って・・駄目だな、甘えでした」

「まあいいさ。だが今の内に吐き出したんだから、後は大人な対応頼むよリーダー。まさか予行演習だったなんて事の無いようにな」

 矢留世は大人しく頷いた。夢を追う少年たちに肩入れするあまり、同時に過去の夢見る少年だった自分が受けた理不尽への怒りや遣る瀬無さまで入り混じったものだから、保護者の立場であるべき自分を忘れていた。

 会議室に集まったチームの面々は、神妙な面持ちで回答の中身を聞いた。奏もショックはあった。だが文面の語るところは理解できた。いちごうの今後は誰にも予測不能で、それは奏も同じ事だ。万が一の暴走―と云うものを考えないわけじゃなかった。しかし目の前に存在するいちごうは、誕生から今日に至るまで、とことんまで善良なAIであり、日に日に人間に近付いていく一個の生物だった。まるで人の心情を読み取ろうとするかのような言動を披露しては周囲を驚かせ、喜ばせて、いつの間にか体中に血液を巡らして、飽くなき探求心で人間社会に輝く瞳を向けて、いつしか夢を持った。

 そんな存在が危険であると、一体どうして思えるだろう。それならば善良な市民は生涯に至るまで必ずや善良だと言い切れるのだろうか。僕や家族、学校に居る人間、社会に溢れる人間は、いきなり人を襲う事も、他者を貶めることも無いと、言い切れるのだろうか――

 奏は黙々考えた。出来れば得意な数式なんかで答えを導き出せるなら、その方がずっと楽なのにと思った。

「うん、相手の言い分もごもっともですね」

 重苦しくなりかけた会議の場を、またしてもいちごうが救った。視線が彼に集まり、耳が傾く。

「私はこの回答書、至極真っ当な意見だと思います。素性の知れない一個体を、何の保証も無しに一般中学に放り込んだら、それは保護者も生徒も困惑します。全体のバランスを考えての、大変平等な言い分です」

「それじゃあいちごう君は、この書面で入学を諦めきれるのかい?納得したのかい?」

「そんな訳ないじゃん」

「え?」

「残念過ぎるよ!行きたいに決まってるでしょう、学校だよ、同級生とかいっぱい居るんだよ。奏みたいなのがうんと集まってるんだもん、楽しいに決まってる。ああー!行きたかった!!」

 言うだけ言ってこほん、と咳払いの真似事をした。

「と、言うのが正直な感想です。ですが皆様にはこれまでにも十分に手を尽くして頂いておりますから、これ以上無理を申し上げるのは気が引けるように思います。ですから私はお互いの言い分を尊重した落としどころは何処だろうと考えている最中です」

 データ収集でもしているのか、AIの知能と人であろうとする細胞が鬩ぎ合うのか、それともこれがいちごうの気性というものなのか、さっきからころころ口調が変わるものだから、周囲は皆呆気にとられたといった様子でぽかんと口を開けている。我に返って矢留世がようやく返事する。

「そうか、いちごう君の気持ちはよく分かったよ。うん、落としどころね・・・そうだね、何か好い手は無いか考えて、もう一度、今度は提案ではなく申請してみよう。このまま大人しく向こうの云う事を聞いたんじゃ、いちごう君が危険な存在だって認めるみたいで嫌だもんね」

 チームは、いちごうに知性と理性のあること、これまでの実生活を送る中で得た人工知能の安定性、ロボットとしての安全性等のデータを示して、彼がいかに優秀かつ、貴重な存在であるかをさらに詳しく説明した。それと共に、今後の研究次第で世界を席巻する成果を得ることが出来る事、その為にも人間社会で実地を積むことの重要性を改めて訴えた。

 祈る思いで届けられた研究チームの申請書だったが、生徒や市民の安全性の確保を理由に、許可できないとの返答は覆らなかった。チームは方針転換を余儀なくされた。いちごうの中学校通学の許可を得るのは諦め、その代わり、いち生徒として在籍のみ認めて貰えるよう要望書を提出した。

 要するにいちごうに中卒者の証が欲しいのだ。中学校卒業資格を得ることが、この後彼が相撲道を邁進する為には必要不可欠なのだ。いちごうには角界に入門して力士になるという夢がある。それを公にする事はまだ出来ないが、チームには周知のことであり、夢へ辿り着くためにこのチームが発足されたと言っても過言ではなかった。誰しもが叶えて遣りたい、大相撲で活躍するいちごうを見てみたいといつしか彼の夢を共有し、実現を冀ってこいねがっていた。

「認められるでしょうか」

「そうだな、ずっとプロフェッショナルな立場で共に歩んで来た仲なんだ、これだけ譲歩したんだから、ちっと気を利かせて欲しいな」

「・・ですよね」

 それから数日後、おそらくは最後の回答書が届けられた。早速文書へ目を通した矢留世らは、揃っておお!と率直な反応を示した。


第三十三回に続くー



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