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「KIGEN」第四十七回
「ええ、いちごう君、の研究観察に関しては、JAXAへ正式なチームが存在するそうです。そのメンバー中には在る高名な大学の教授も名を連ねています。教授は多方面に顔が効く上、国とのパイプも強く、影響力のある人物と言って過言ではありません。ですからその教授がチームに名を連ねた時点で、いちごう君は追い風を受けたと云う事です。そもそもチームが教授を誘ったのではなく、教授自ら参加を希望したのだそうで、これは渦中のAIロボに一定の執着があると見た方が自然なのかも知れません。そんなAIロボが何故大相撲なのかは不明ですが、既に正式な相撲部屋への入門を終えている点からして冷やかしとは思えず、かなり用意周到に足場固めをして来たと言わざるを得ません。ええ、いちごう君、は、現在中学校に在籍していますが、特例で中学へ入学できたのも、教授から文科省へ対して強い推奨があったからだとか言う話も聞いております」
ここまで打ち明けてしまってから、理事長はふううと好きなだけ息を吐き出した。
「正直に申し上げて、私一人の手には負えません。これは前代未聞の案件であります。どうか各々知恵を絞って頂いて、名案をお願いします。相撲協会にとり最善の道を、共に考え出して頂きたく存じます」
ついさっきまで理事長へ肉薄していた顔、顔、顔が、揃って腕を組み、ううんと黙り込んでしまった。誰もが一歩引いた地点から会議の行く末を傍観する側へ回ろうとしている。会議の熱がそぞろ冷め出した事を察して、理事長はやっぱりな、と心の内で愚痴を零した。だから教授の事は黙っていたかったのにと思う。名前をはっきり出さなくても、これだけ聞かされれば大抵の人間には誰の事だかわかる。そして同時に味方の多い教授の敵に回りたくないとの気が働く。
もういっそのこと新弟子検査を受けさせないでおこうか、いやそれでは後が恐ろしい。検査は受けさせて不合格にするか。しかし既に部屋で稽古を積んでいるのなら、合格に至らない点を指摘する方が難しいかも知れない。理事長の脳内は次第に混乱を来たしていた。
案の定会議が膠着を見始めた時、理事の席の中から、すいと一本手が挙がった。親方では無く、外部から選出の理事だった。理事長は機械的にどうぞと言った。挙手した人物は発言権を得て、立ち上がりながらスーツのボタンを一つ閉めると、一同をざっと見渡して、会議テーブルへ両手を着いた。
「前代未聞、上等ではありませんか。当然ですよ。今まであんな人工知能は居なかったんですから。前例なんてある筈ないんです。しかし、だからこそ価値があるんじゃないですか。相撲は我が国の誇り、伝統、国技ですよ。世にある数多のスポーツの中から、彼はその大相撲を選んだのです。垣内親方の話によれば相撲道へと繋がる門を開こうと、日々真面目に稽古を積んでいるそうじゃないですか、全く見上げた根性です。
そうしますと、試されているのは私共の方と云う事になりませんか。ここから歴史は始まるんです。あなた方のようにいつまで経っても保守的で否定的なままでは、国も、相撲協会も、何も変わりません。寧ろ後退するばかりでしょう。その高名な教授とやらも、その辺りを憂いてわざわざ御足労なさったのではないでしょうか」
腕を組みあたかも重鎮のごとくに背凭れへ身を預けていた連中は揃って険しい顔をした。理事一期目の若造に好き放題言われたとあっては黙っている訳にいかない。互いに目配せし、比較的若い者が口を開くよう促され、反論展開しようと身を起こした。ところが会議の空気も構わずに、今度はテーブルから手を離して話は続いた。
「近年世界ではeスポーツと呼ばれる競技が流行しています。スポーツといってもゲーム。人間とAIが対戦した記録もありますね。日本でも知名度をぐんぐん上げました。皆さんもご存知でしょう。世界を見渡せば競技人口は増加する一方です。五輪をご覧下さい。早々正式種目への登録可否が話題になりました。今年のパリでは時期尚早と判断されはしましたけれど、公式大会で前座の役目を果たすなら、正式種目となるのももう時間の問題でしょう。それでは翻って大相撲がいかがです?力士の国籍こそ多様になりましたが、現代社会にそぐわない、旧態依然とした規則も多い。もちろん、多くは相撲の歴史と伝統、そして力士を守る為のものと信じておりますが、そのような思い込みこそが、実は危険な思考であると私は思います。伝統を守り抜く事と、道を拓く事とは別の話として考えなければなりません。先程eスポーツでは既に人とAIが勝負した事があると話しましたが、これは舞台が仮想現実の中だから実現可能なんです。つまり実体を伴った競技で人工知能と勝負する事は、未だ誰も踏み込んだ事が無い領域の話になるのです。
どうです皆様、他のどのスポーツも未だ踏み込んだ事の無い領域に、この国の誇り高き国技が真っ先に踏み込んでみませんか。人類が仮想現実に魅せられてゆくばかりの現代にあって、実体を持ったAIが反対にこちらの世界に踏み出したいというのならまさに稀有な存在です。是非受け入れてあげましょう。我々大相撲協会の存続と更なる発展の為にも有意義であると、私は思います」
反論も何も、発言する意欲を吸い取られた気がした。思考が古いと暗に非難浴びせながらも、相撲協会を名指しで否定している訳でなく、あくまで伝統や規律を敬う立場であるのを崩さない。その上協会の将来にも目を向けており、野心家でもあるらしい。ベテラン理事の一人は、思わず隣の年寄へ声を掛けた。
「あれは一体誰だ」
「ええと、確か前年度いっぱいで退任された文科省筋の後見人として紹介されたと思います。名前はええと・・」
「後釜か」
「おそらく」
室内へざわめきが波打って波紋を広げた。お互いに様子見をする中で、先程反論を任された理事が、やはり促されて手を挙げた。
第四十八回に続くー
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