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「KIGEN」第三十四回



 通話を終えた三河は、本部のチームの仲間からだと言って、新たな情報を披露した。

「都心で見つかった隕石は、イブナ型だったそうだ」

「ええっ!!」

 矢留世は驚きを隠せない。

「ほんとですか!?何で今まで僕等にも黙っていたんです、そんな大事な事」

「それがな、「たつのみや」の砂から見つかった試料もイブナ型だったんだと」

「ええっ!!」

 矢留世は二度驚きを隠せない。一方で奏には二人の遣り取りが理解できなかった。

「なんですかそれは、どういう意味ですか」

「端的に言うとね、これまでに地上で見つかったおよそ七万個の隕石のうち、イブナ型と呼ばれるものは九個しかない、激レアなんだよ。それが地球の有機物に汚染されていない、鮮度の良いイブナ型隕石・たつのみやと、地球に落下したてのイブナ型隕石と、ほぼ同時に研究材料が揃ったんだ。イブナ型は太陽系が誕生して間もない時期の痕跡も残しているって話でね、その点も踏まえて激レアで相当価値がある物だよ。これは本当に願っても無いチャンスだよ」

「密かに前代未聞の事態が起こってたってことだな。だから本部も発表に慎重を期せざるを得なかったんだろう。世界が注目する事実だからな」

 三河はこれで、何故隕石落下当時、落下した隕石の収拾チームが即席で発足させられたのか、ようやく腑に落ちたと思った。突拍子もないと切り捨てた想像の方が現実により近かった事には驚いたが、事前にたつのみやの件や隕石の可能性について知らされていなかったからこそ、経験の浅い矢留世でも気負いなくのびのびリーダーが務まったのだ。

「なんだか凄い事になって来たね」

 当事者の一人であるいちごうがしみじみ言うからみんな笑った。

「けれど、これで一つ仮説が立てられそうだね」

「―はい」

「要するに、奏君の血液と宇宙のアミノ酸。二つが集まった事で何らかの作用が働いて、いちごう君の内部で活動を開始した。アミノ酸はやがて人工知能が分析を進めていちごう君の体に合うように、生命維持に必須の物質、タンパク質等を生みだしていった。そして細胞は結合と分裂を繰り返し、人の体へと近付いて、現在に至るまで速度を伴い進化を続けている」

「そういうことに、なるでしょうか。ところで隕石って、地球の大気圏に突入した時点で汚染されるそうですが、アミノ酸は無事に残るものなんですか」

「大丈夫、元々含まれた宇宙のアミノ酸は無事だよ。因みに隕石にアミノ酸が含まれている事は、1969年、オーストラリアのマーチソンに落下したマーチソン隕石の分析で発見されてるんだ。以来、既に七十種類を超えている。それ等は全部地球外起源のアミノ酸だってことが証明済みなんだ。これは僕の個人的考察になるけど、人間の常識や科学の未だ及ばない事実があっても、何も可笑しくないのが宇宙だと思うんだ。太陽系誕生の謎解き出来るかも知れない物質を抱いた隕石が、古都吹奏という一人の人間の血液を伴って、優秀な人工知能の管理下で、人間の生命維持環境の整った空間に滞在した時、予想もしない化学反応が起こったとしても不思議ではない」

「同感です。優秀な人工知能は気が引けますが、ええと、つまり、宇宙と命の科学式が成立した、ということでしょうか」

「なるほど、言い得て妙だね」

「未知なる進化を遂げつつあるAIロボット、それが私、いちごうなんですね」

「はは、本人がまとめるとは恐れ入ったな。さすが最先端だ」



 いちごうは今、奏と並んで同じ食事を摂っている。排泄機能は随分発達し、トイレへも行く。相変わらず身体的性別は無い。睡眠をとる。頭脳はピカイチだから各国の論文も原文のまま読む。万が一理解できない事案に出くわしてもAIが自動で回答を検索して自らアップデートする為問題とならない。必要な場合は多言語を繰る。思考は主に十四歳だが相手に合わせて使い分ける。時々イマジンイマジンと唱える―


 いちごうは「今」を生きている。将来力士になるため運動し、よく食べ、食べたら眠り、体重と身長を増やす努力を惜しまない。元が金属だからある程度の体重はあるが、それでは土俵に上がらせて貰えないかも知れないと、出来る限り人と同じ有機物で肉体が形成されてゆく必要性を感じていた。その実現には開発者奏の協力が不可欠だ。

 奏はAIプログラムを利用して、チタンなどの有機物質をデジタル信号のみで体内で処理をして融解、結合、排出までを可能にすることで、いちごうの負担を軽く出来ないか日々研究重ねている。可能になればメンテナンスの効率もかなりアップする。


 そんな最中、いちごうを成長痛と類似した全身の軋むような痛みが襲った。チタン部分が彼の成長にいよいよ対応できなくなったのだ。奏のデジタル化計画は道半ばで、万事休すと思われた。ところが入れ替わるよう骨が急成長を始めた。元々基礎は整っていたが、骨密度が上がり、背骨はもちろん、立派に骨の役割を果たせるまでになった。そこで、痛みが治まった時点で例の医者の世話になって大きな手術を行い、不要な金属部品を取り除いた。結果的に進化が一層顕著になった。命の瀬戸際に立たされて生き残るための本能が発達し、細胞が急速に働いたのだろうと考えられた。足の指先まで骨組みの整ったいちごうは、靴のサイズが標準になった。

 人類にとって、いちごうの全てが未体験だ。未知なる日々の詳細が外部へ洩れるといちごうの命が危険に曝される可能性がいつまでも残っていた。目まぐるしく進化する、その根底はあくまでロボットのままのいちごうの詳細は、いまだごく一部の人間が知るのみだ。国への報告も、必要最低限に留められていた。

                        (四章・結託・終)


第三十五回に続くー



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ようこそいち書房へ。長編小説はお手元へとって御自分のペースでお読み頂きたく思います。

「AI×隕石×大相撲」 三つの歯車が噛み合ったとき、世界に新しい風が吹きました。 それは一つの命だったのか。それとももっと他に、相応しいも…

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