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「KIGEN」第十四回
「口開けて見せて」
いちごうはお安い御用とばかり、あ、と素直に大きな口を開けて見せる。顎関節は人型、歯並びも舌も偽物だが人と遜色ない。総じて音声の発しやすい環境が整えられている。
「ううん」
俄かに桃色っぽく見えるのは、光の加減が影響しているだろうか。単純な目視では正確な事は分からなかった。だが結局、丸一日観察続けてもいちごうに水分補給による不具合は起こらなかった。
いちごうは毎日水を飲むようになった。しかし充電は必須で、以前の通りプラグを繋いで行わなければならない。せめていちごうの思考が介入しないで済むように、充電は休眠状態で行う事にした。これで充電中の辛い思いをすることは無くなったが、あくまでも応急処置であり、根本的解決にはなっていない。
研究所の一角、いちごうは壁に寄りかかって静かに目を閉じている。腰の辺りには壁のコンセント差込口と繋がる充電ケーブルとプラグが覗く。だがそこを見落とすと人とほとんど見分けがつかない。
奏は作業台の傍のパイプ椅子へ座り、いちごうの眠る姿を見詰めていた。人が眠る時と同じように、静かに肩が上下する。すう、すうと寝息が漏れてくる。辺りは静寂に満たされて、壁伝いにいちごうの呼吸が伝播してくる。本来いちごうに必要のない、口と鼻から息を吸い込み吐き出す動作を、いちごうは人間の傍へ居る内行う様になったのだ。その頬にはいつからか赤味が差している。彼の内々に赤い血潮は存在しない。表面はあくまで作り物、シリコンなのだ。だが奏の胸には素朴で難しい疑問が浮かび上がったまま、今晩も彼の思想を捉えて離さないでいる。
一体自分といちごうとは、何が違うんだろう。
いちごうがすう、すうと寝息を立てながら、横隔膜を膨らませるように胸筋を開いたり閉じたりするのを眺めて、奏は不意に切なくなった。壁際で大人しく繋がれる様が自分たち人間と、彼が望むと望まないとに関わらずその下地が機械で出来上がったいちごうという名のロボットとを、いかにも区別しているように思えたのだ。
運命と定めてしまえばそれまでかも知れなかった。だが生みの親である自分がそう口に出すのは無責任で身勝手な振る舞いだと奏は思う。たとえ百人が百人ともそれで当然じゃないかと意見しても、自分だけは別の方法を、もっと共存に適した方法があるのではないかと模索し続ける人間でありたいと思う。それがあくまで有形化に拘った自身の責任であるとも思っていた。ひょっとすると、いちごうは他のAIよりも人間的趣向の感情理解が進んでいる可能性もある。彼が人間味溢れるリアクションをするのもその為かもしれない。もしもそうなら、責任もっていちごうの生きる権利を守らなくちゃならない。
奏が社会において義務教育を受ける若者の一人であり、両親の子どもであり、汗の臭いを気にする思春期の少年である日常を忘却した時、彼は世間から称賛浴びる偉大なる博士や先生諸氏とも対等に渡り合える、立派ないち研究者なのであった。
完全に切り離し型のバッテリーに変えるのはどうだろう。電源はその都度落とす事になるけれど、交換バッテリーを用意すれば休眠にはさほど時間を取られない。いちごうはどちらを望むだろう。彼が目を覚ましたら提案してみよう。奏はパソコンに向かうと、早速システムの構築を始めた。
夏休みだからといって研究にばかり没頭すると体を壊すよ。立派な研究者であっても、奏はまだ体の発達しきらない中学生なんだからね。
その生活ぶりの昼間を知らない筈の父渉から休息の重要性を説かれて、奏は思わず母親の姿を探した。きっと聞く耳持たない自分を見兼ねて、渉へ苦言を呈したに違いなかった。余計な事をと反抗心がむくり起き上がったが、実際連日連夜の不規則な生活にはそろそろ体が持たないぞと訴えており、この辺りでちょっと息抜きが必要だった。
それで奏はいちごうと二人、エアコンの効いたリビングで遊んでいる。いちごうがやってみたいと思ってたと言うから、携帯ゲーム機をテレビに繋いだ。本体から取り外し可能なコントローラーを二つ、各々持って、画面上では赤い帽子の兄と緑の帽子の弟がカートに乗ってレースの真っ最中である。ヒートアップする二人は、大人しくソファに座っていられない。特にいちごうは初めてのゲームに興奮していた。
第十五回に続くー
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