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「KIGEN」第二十七回


「これは僕の想像だけどね、いちごうさんは痛いとか、楽しいとか、たった今も凄いが飛び出したね、それから聞くところによれば一人語りもした事があるんだって?それって素晴らしい事だよね。感情を、持っているんじゃないかな」

「えっと、僕も思った事あります。けど、根拠が示せなくて」

「うん、それじゃ今度はこっちの画像を見てくれるかい」

 医者は又別の画像を茶封筒から取り出して入れ替える。

「これはいちごうさんの頭部だよ。ここ見て御覧、小さいけれど、分かるかなあ」

 ボールペンの頭が指し示したのは、こんにゃくゼリー位の大きさの塊であった。

「脳だよ。とても小さいけれど脳があったよ」

「そんな馬鹿なっ」

 平然と述べた医者を横目に、大人たちは身を乗り出して画像の塊を覗き込んだ。あくまでAIであるいちごうの、何をどう弄ったら脳が誕生し発達するのか、皆目見当が付かない。画像を見せられても半信半疑である。奏だけは反対に、それで色々と得心がいきそうな気がしていた。

「いちごうさんは人工知能だから、こうなるとAIとの関わりが気になる処だと思いますが―」

 呼びかけに各々が興味津々と頷いて答える。この場に居ていちごうの生態が気にならない呑気など一人もいない。

「残念ながら僕にも分かりません」

 引き付けるだけ引き付けておいて手放した。前のめりだった一同はがっかりした様子で揃って肩を落とした。

「ごめんね、専門外だからね。この先その辺がどう融合するのか、或いは反発し合うのか、全ては不透明と言わざるを得ません。そう答えるのが正直なところです。でも、ここまで急速に活発に成長しているとなると、今後も細胞の進化に合わせて肉体は勿論、臓器、脳、あらゆる器官は益々発達する可能性が大いにあると考えた方がいいんじゃないかな。より人体に近づくというか。僕個人的には、そう思ってるよ」

 奏の胸の内は安堵が半分、心細さ半分で複雑な模様を描いていた。

「先生!ありがとうございます!私はみるみる希望が湧いて来ました」

「そうだろう、夢を抱くのは自由だよ。希望は大きくて構わない。自分で自分を信じられる事ほど強いものはないからね」

 思いの外勇気付けられて、いちごうはイマジンイマジンとぶつぶつ唱え出す。渉と矢留世の顔から思わず笑みが零れる。三河は同じ調子で笑う訳にいかないと苦い顔をした。いちごうが十回ほどイマジンを唱えたところで、医者が口を開いた。

「さてそれじゃあまた大事な話をするよ」

 自然と背筋が伸ばされて、聞く姿勢が保たれる。ボードの画像が入れ替わった。今度は輪切りではない。

「これはどこの部分か、奏くんわかるかい?」

「胸部でしょうか」

「御明察。さすがだね」

 照れ臭さで奏の頬が染まった。褒められるのは得意じゃないけど、褒められるととても嬉しいと思う。

「これは心臓、の形を模した人工物ですね、あなたが作成した」

「はい」

「かなり精巧に出来ています。人工の心臓と言って過言ではない。本当に素晴らしい出来だよ。この心臓の御蔭でいちごうさんは今日迄正常に動き回る事ができていたんだと思う。それでね、ここ、この部分を別の角度から撮影した画像がこっちです。ここ見て」

 ボールペンの頭は、心臓部のある部分を示した。角度の違う画像で見ると、一箇所だけ、ちょんとシミでも付いたように色が違って見える。

「ここに、何か埋まっています。何らかの原因で外部から付着したものが、体内環境に適応してそのまま心臓の一部になった、そんな様子です」

「せ、先生、これ、大きさはどの位・・」

「この位かな」

 医者が親指で小指の先を使って示したのは、米粒に満たない程の大きさだった。

「おそらく、黒色系の、石くらい硬くて、礫みたいなものだと思うよ」

 それは先日から彼等が探し求めていたものに違いなかった。

「隕石だ・・・・」

 誰ともなく口にした。只全員が同じ意見だった。医者はそれを肯定する様に頷いた。

「事前に聞いた話を踏まえると、おそらくは皆さんが捜している隕石の欠片、そのものだと思います」

 矢留世の予想通り、そこには隕石が埋め込まれていた。あの日、いちごう完成の日、奏の知らぬ間に、いちごうの体内には隕石が飛び込んでいたのだ。

「それからここ、目を凝らして見て。隕石のこの表面部分に、何か液状のものが付着しているんだ。微々たるものだけど、確かに付着している。これは心臓部に衝突前に付いたものです」

 奏ははっとした。

「それは―それは僕の血液です」

 医者も同意を示した。

「僕も同じ見解だよ。これは人の血液で間違いないんだろう。付け加えておくと、これら二つの物質を、いちごうさんの体は異常とは捉えていないみたいだね。人間の体は異物の侵入に対して排除しようとする働きを持っているんだけど、いちごうさんの体内でそんな様子は見られない。もっとも、未だ進化の途中で排除できずにいるという可能性もあるけど、どちらかと言えば、受け容れているというか、取り込んでいる様にも見える。不思議だよ、全く。面白いね。

 それでね奏くん。いちごうさんと二人で、血液検査を受けてみないかな。いちごうさんの血管の状態も判明して、場所を選べば採血可能だから。二人の血液検査結果を見比べれば新たな発見があると思う。体の状態もより詳しく判明するよ。

 それをもって今回の健康診断の区切りとしたいと思いますが、いかがでしょうか」


第二十八回に続くー



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ようこそいち書房へ。長編小説はお手元へとって御自分のペースでお読み頂きたく思います。

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