見出し画像

「KIGEN」第五十二回



 検討重ねた、というより実情は十勝とかちの言い分に従って、理事会はいちごうの新弟子検査受験を特例的に認めると通知を出した。但し、万が一周囲に危険が及ぶと判断された時は問答無用で試験を打ち切り、即受験資格を取り消すとの条件付きだ。それでもいちごうやかなたたちは喜んだ。これで堂々大相撲への門が叩ける。

「いちごう君、道がまた少し繋がったね」

 気を揉んだ矢留世やるせも、涙ぐんで喜びを分かち合った。だが、一同の喜びも束の間、本人と関係者への通知と時を同じくして、週刊誌がAIロボットの大相撲挑戦を一方的に報じたのだ。たった一社の週刊誌からあれよと話は広まって、いちごうの名前がその特異な存在と共に一気に世界中へ知れ渡る事となった。ソーシャルメディアも拡散を手伝って、憶測やデマを含め、世間の誰が何を何処まで知っているか、把握する術もなければ封じる有効な手段もなかった。いちごうと彼を取り巻く環境に常に騒々しさが付き纏うまとうようになった。


 そんな環境下で新弟子検査を受験したいちごうだったが、無事合格した。周囲の騒ぎの影響で落とされるのではないかと心配していただけに、すんなり一度の受験で合格した事は大きな励みになった。ただ、合格発表直後から相撲協会や垣内部屋には、ロボットと人間を勝負させるなと言う意見が次々寄せられるようになった。人類の未来を危惧する団体などが主催したデモ行進も行われた。反対運動の中には、いちごうと同じく相撲の道を選んだ我が子が怪我でもさせられたら・・と心配する親の姿もあった。否定的な意見は予想以上に多かった。中には支持する者、励ましもあったが、協会はいちごうが力士の道を歩むに至った経緯を説明するべく会見を余儀なくされた。


 理事長は上着のポケットにハンカチを二枚用意して会見場へ立った。後二人、両脇へ並んで立ったのは、一人は副理事だがもう一人は十勝だった。フラッシュを激しく浴びる会見への登壇を渋る親方が多い中、十勝が立候補した。彼の受験を認める様進言したのは自分であるからきちんと責任を果たすというのが立候補の理由だった。最もだと頷く者ばかりだったから、十勝は遠慮なく表舞台へ立つことが決まった。

 会見場にはマスメディアがうんと押し寄せて、常に無い盛況を見せた。見知った記者の顔が多い中、名前を聞いても知らないメディアも多かったものの、大きな混乱なく会見が始まった。先ずは予定通り理事長が手にマイクとハンカチと汗を握り締めた。尋常の挨拶に始まり、話は直ぐに本題に入った。会見は素早く且つ簡潔に行いましょうとは、十勝の助言だ。

「相撲協会は、この度のいちごう君の角界入りにつきまして、あらゆる意見が存在する事を重々承知致しております。我々と致しましては、広報などを通じて、日頃より皆様に彼等の稽古の様子、部屋住みの力士の日常等、その安全性を確認して頂けるよう今後も発信し続ける所存であります」

 理事長はマイクを置いた。挙手がある前に後を十勝が引き取る。

「いちごう君は人類史上でも類を見ない、人工知能と人間の生態両方を持った稀有な存在です。それは単純なロボットではないという事です。彼の体内には我々人間と同じように心臓があり、血管が巡り、あらゆる臓器が出来て、それを覆う皮膚があるのです。そして、感情もあります。

いちごう君は人間社会で実生活を営む中、大相撲と出会ったそうです。一目で相撲に魅せられたと言います。そして土俵の上に自らの夢を描きました。今回新弟子検査を受けるに当たって、他の受験生と、それから将来を見据えて全ての力士たちと公平性を保つ為、人間としての機能が発達する度、金属部品を極限まで減らす手術を重ねて来ました。今後も開発者と共にその努力を怠らないと取り決めています。

運動能力につきましては検査の折に他の受験者と同じく測定済みで、それが人並みと相違ない事は証明済みです。いちごう君は垣内部屋の弟子見習いとして中学生当時から稽古を積み重ねてきました。毎日の稽古で人と組んだ事も既に数え切れず、その際の相手の身の安全も多くの人間が目撃しています。先に理事長が述べた通り、この先もより多くの皆様に御安心頂けますよう我々相撲協会は積極的な情報公開をお約束致します。

相撲協会は今、新しい可能性を探りつつ、大きな一歩を踏み出したのです。本日お越し下さいました皆様におかれましては、どうか若い彼等の新たなる船出を、温かい目で見守って下さいますよう、協会一同、謹んでお願い申し上げます」

 十勝がマイクを下ろすと、それを合図に理事長と副理事が立ち上がった。三人は揃って深くお辞儀した。


 独壇場だった。十勝の、滑らかさを基調とし、主張し過ぎない抑揚の効いた話術は、人を魅了する力がある。有無を言わせぬ迫力とも云えそうだ。場内からざわめきが絶えない中、三者は椅子へ腰を落ち着けた。続いて進行役が質疑応答の時間を取り、会見場を見渡した。もう殆どの人間が相撲協会の方針を理解し、後は世間へどう知らせるか各社で話し合うのみだろうと思っていた。そういう空気があった。その中で、黒山から突き出すように手を挙げた者がいた。進行役は持ち上がった手を指名した。協会の顔見知りではない記者の一人だった。

「ローカル東京と言います」

 そう名乗った記者は周囲に軽く頭を下げて、理事長の方へ顔を向けると早速口を開いた。飄々として、体は斜めに、あたかもそちらが真正面と言わんばかりで、声は頬の内側から零れ出るような音量なのだが、話の内容には自信を持っているのか案外通る。

「ローカル東京は、相撲協会の皆様の英断を全面的に支持しています。いちごう君の活躍をこの目に焼き付ける日々を今から待ち遠しく思います。ところで、人工知能を持ったいちごう君の保護・研究・観察に関して、JAXAのあるチームが関わっているというのは本当でしょうか」


第五十三回に続くー


ここから先は

0字
ようこそいち書房へ。長編小説はお手元へとって御自分のペースでお読み頂きたく思います。

「AI×隕石×大相撲」 三つの歯車が噛み合ったとき、世界に新しい風が吹きました。 それは一つの命だったのか。それとももっと他に、相応しいも…

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が参加している募集

#私の作品紹介

97,568件

#やってみた

37,294件

お読み頂きありがとうございます。「あなたに届け物語」お楽しみ頂けたなら幸いにございます。