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「KIGEN」第十八回


「えっ、ちょっと、三河さん!まだ台詞考え中ですって」

「ぐだぐだ考えたってつまらんだろう。当たって砕けろだ」

「そんな、ここは慎重を期すべきでしょう、ああーどうしよう、砕けたらおしまいですよ!」

「砕けたやつを探してるんだよ俺たちは」

 何うまい事言ってるんですかと矢留世が慌てる間に、扉の向こうで「はーい」と呼び鈴に応じる人の声が聞こえる。少年らしい若い声だった。お、子どもかも。そう思った矢留世はこれで少し緊張を解いた。相手が子どもならその方が話を聞きやすく、親が出てくる前にてらいなく何か喋ってくれるかも知れない。期待する矢留世の目の前でガチャンと鍵が開く。

「こんにちは」

「こんにちはっ、どちら様ですか」

 応対に出て来たのは背の高く、体の大きな少年だった。にっこり笑みを浮かべて挨拶を返すと、きちんとこちらの素性を伺いに来た。ひょっとして大学生位かも知れない、声だけでは案外分からないものだ。と、矢留世は自分の側の気構えを多少大人向きに修正して、負けじと人好きのする笑みを浮かべた。

「いきなりお邪魔してすみません、僕は―」

 と矢留世が続きを話しかけた時、大柄な少年は突然意識を失って矢留世の居る前方へふらり倒れかかった。すわ貧血かと慌てた矢留世は、咄嗟とっさに少年を受け止めるべく前へ一歩足を踏み込み、見事少年を受け止めた。だが、

「うわっえ、重っ!ちょちょちょちょちょちょ、重い、重いんですけどっ」

「うわあ!すみませんっ」

 そこへもう一人少年の声が近付いて来て、矢留世の後ろから手を貸す三河と共に、気を失った少年を廊下へ横たわらせた。

「大丈夫?救急車呼ぼうか?」

「いえ、大丈夫です!彼はよくこうなるんです!」

 駆け付けた少年、かなたはこの場をどうにか取り繕おうとした。だが矢留世は倒れた大柄な少年、つまりいちごうに完全に触れている。人間にしては不自然な硬さに驚いて、自分の手と横たわるいちごうとをさっきから順番に眺め見ては現状を把握しようと努めている様に見える。いちごうは良かれと思って呼び鈴に応じ、だが運悪くそこでシャットダウンしてしまったのだ。奏はこのまま訪問客を帰すのは危険な気がした。憶測で周囲に噂が流れると余計に望まない展開に陥る可能性がある。奏は思い切った決断をした。

「大きな声では言えないのですが、じ、実は彼、に、にに、に人間ではありません」

 こんな時に言葉に詰まる。学校と同じだ。情けなかった。嘘と思われないように必死に一語一語を繋げては押し出した。矢留世は自分の思い付きが当たりそうだという驚きと、まさかそんな筈がないだろうと思う理性を含ませた目つきをして奏を見返した。一方三河は事の成り行きを第三者的立場から観察しようと、黙って二人の遣り取りを聞いていた。

「じ実際に今、触れられて、だから、子どものう、嘘だとは思わないで欲しいんですが」

 額に汗が滲んだ。目の周りと耳朶と、脇の下が熱かった。手にも足の裏にも汗をかいて、全部が全部自分を怪しく仕立てる気がして、焦る程にまた汗が出た。これ以上話し続けて、結果的に悪い方へ向かったらどうしよう。奏はここに来て迷いが生じた。何故よりにもよって両親が二人共留守の今、人が訪ねて来たりなんかしたんだろうと思う。

「大丈夫?落ち着いて、ゆっくりでいいからね」

 追い詰められていた奏の耳に、穏やかな声が届けられた。汗に遮られそうになっている瞼を持ち上げると、そこには混乱を鎮める微かな風が流れていた。息苦しかった奏の喉は、気道を確保していつしか息をしやすくなった。初対面の大人の醸し出す優しい空気に助けられて、奏は静かに深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

「すみません、ありがとうございます。ええと、彼は、人間じゃないんです」

「うん」

「国の研究の一環で、一般家庭で人工知能ロボ、AIを預かって一緒に暮らしているんです」

「そうなんだ。そんなプロジェクトが進行中だったんだね」

「極秘の、まだ実験段階のプロジェクトですから、世間には何も公表されていません。ですから、今日の出来事は・・・どうか御内密に、見なかったことにして頂けませんか」

 見た目のあどけなさとは裏腹に大人びた言葉遣いをする奏を、矢留世は感心して見詰めた。何処にでもありそうな規模の一軒家であり、事情を聞かされてもまだ、国の極秘プロジェクトに関わりそうな特別なものは凡そ見当たらない。だが沈着を取り戻した奏の醸し出す少年離れした雰囲気と、豊富な語彙の使用に気負いのない姿勢とが、玄関に突っ立つ二人を圧倒して、素直に納得させるに至ったらしかった。

「勿論、余計な事はしないよ。本当に偶然来ただけなんだ。もしかして、そのAIも驚いたから気絶しちゃったのかな」

 ああ、ええと―と奏は逡巡した。矢留世はいきなり余計なことを口走ったと思いすぐさま謝って質問を取り消した。

「いきなり訪問した上に、色々と気を揉ませて申し訳ありませんでした。もう失礼しますので」

 矢留世がそういうと、奏は解放されることを喜ぶようにほっと息を吐いた。

「家の中にロボットがいるなんてかっこいいね。プロジェクトが上手くいく事を願ってるよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 二人は足を揃えて一礼すると、くるりと体の向きを変えて玄関から出て行った。

 鍵を閉めた奏はいちごうの元へ急ぎ駆け寄ると、倒れた拍子に損傷しなかったかどうか、状態を確認し始めた。


―彼は、人間じゃないんです―

 咄嗟とっさの事とはいえ、性別の定まっていないいちごうを勝手に彼呼ばわりしてしまった。それに、人間じゃない。言った自分が一番違和感を覚えて気分が悪かった。


第十九回に続くー



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