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「KIGEN」第八十回




 だが天秀峰も大人しくしているわけがない。ケガの状態が取り沙汰されたものの、ひと場所の休場を経て見事に復活した。静かに気迫の籠った相撲で満員の観客を盛り上げるのへ一役買って、インタビューマイクを向けられれば、今後の活躍を誓う言葉を口にした。

「チャンスが来たら綱取りにもう一度挑戦したいですか」
 との問いには、
「当然です」
 と即答した。その黒目はまるで自信に満ちて、次にチャンスを貰えれば必ず上り詰めて見せると言っているかの様だった。基源と天秀峰、両者の胸には既にはっきりと、横綱になる事が最上の目的として掲げられ、譲れない矜持が二人を蔭に日向に鼓舞して止まなかった。


 譲らない二人はお互いに大関のまま年を越した。翌二〇三三年は二人の年と言っても過言ではない一年となった。一人横綱は年齢によるケガなどが目立ちつつあったけれど、それでも圧倒的な存在感で角界を引っ張っていた。そして大関にはもう一人、在位四六場所というベテランの域にある大関がいた。彼は横綱よりも年上で、上位陣の中では最年長だ。二人は周囲の頼りとする先輩たちである。だがひとたび土俵へ上がれば各々が愚直に白星を掴む事のみを考え、真っ向勝負を挑んだ。土俵で勝つことが恩返しとも言われる。相手が誰であっても勝てば嬉しく、負ければ悔しい。気付けばこの一年は天秀峰と基源が優勝を交代で獲り合う様な場所が続いていた。


 先に横綱になるのはどっちだ。

 世間の相撲ファンやメディアは、そんな噂でもちきりだった。そろそろ綱取りじゃないだろうか。そう語る意見が多くを占めだした真冬の暮れ迫る頃、大相撲協会は来たる二〇三四年の一月場所で、基源と天秀峰が二人同時に綱取りに挑戦する事を発表した。


「さあ遂に、というべきでしょうか。全国の大相撲ファンの皆様が待ちに待った一月場所が始まりました。初日の解説は皆様お馴染み、お茶の間からも同時中継のインターネット界隈からも名物解説と絶大な人気を誇るこの御方、元横綱の北極さんです」

「長い文句だったね。本当にそんなこと言われてるの?」
「御存知ありませんか?この中継を介して大相撲を御覧になられる皆様は、北極さんの解説を何より楽しみにしていらっしゃるんですよ」
「あはは、そんな訳ないでしょう、辞めなさいよ。照れるでしょ。さあ、相撲を見ましょ。何と言っても今場所は綱とりですよ。それも二人同時のね」
「はい、そうでした。大注目の一月場所が始まります」
「ちょっとお浚いしておきましょうか。前にも聞いたけどさ、彼は、基源関は本当に人工知能を含んでるの?」
「はい、基源関はAIであり、我々と同じ人なんです」
「それで相撲とってるんだもんね」
「はい」
「いやはや、浪漫だね」
「ロマン、ですか?」
「浪漫でしょう。壮大な浪漫を描いてるんだよ彼は」
「なるほど・・・北極さんはロマンチストなんですね」
「そう?ありがと」
「恐れ入ります」

――なにこのやりとり。
――お茶の間の醍醐味。
――今場所もよろしくお願いします!
――断然お得♪北極さんのリアルタイムオーディオコメンタリー付き相撲観戦♪ 

 アナウンサーと解説の軽妙なやり取りごと楽しむ相撲ファンも、画面の向こうで盛り上がりを見せていた。


 同時に二人も綱とり挑戦するとあって、今場所は平日も全て満員御礼の札が下がり、客席は連日熱気に包まれていた。僅かに用意される当日券には毎日長い行列ができ、発売早々売り切れてしまう。館内に入れない客には臨場感溢れる仮想空間技術を応用したお茶の間ライブ席が推奨されているが、今場所だけは両国で観戦したいという声が多く、相撲協会は嬉しい悲鳴を上げていた。急遽升席や二階席などをぎりぎりまで工夫して増設して興行を始めたものの、事前チケットも当日券も購入できなかった人々が立ち見でもいいからと両国へ足を運ぶなど毎日混雑気味で、窓口へ無理を言う客まで現れるなどして、警備員を増員した。


 そんな活況を帯びる観客席には、古都吹家の姿もあった。渉は十五日間全て観戦する事に決めており、チケットは後援会にも手を借りてどうにか確保した。智恵美は毎日では心臓が持たないと三日間だけ顔を出す。それから、いまやロボット工学と人工知能の分野における論文が世界中から高い評価を得ている奏は、あちこちから講演の依頼や特別客員の要請が止まず引っ張りだこである。それでもこの場所中だけは何を差し置いても見届ける約束だからと、スケジュールを空けて毎日駆け付ける。家族として、友人としての意味もあった。だが何より製作者として、基源を見守り、記録する事が今後の研究に必要不可欠だとも考えていた。奏には、今が基源の花開く人生の最高潮だとの認識と密かなる覚悟があった。


 大きな注目を集める二人の取組には、連日何十本も懸賞がかけられていた。当然相撲に勝った方が全てを手中に収める事が出来る上、世間の注目を浴びる事間違いなしであり、平幕から上位陣迄、二人との取組が組まれた日はいつもより気合十分に見えた。思い切りよく当たって来る相手、がむしゃらに張って来る相手、変化しながら攻め立てる相手、毎日毎日、一瞬たりとも気の抜けない取組が続いた。だが、そもそも土俵へ上がり続ける限り、どちらかに土がつくまでは決して気を緩めるものではない。元より上を目指す二人にとっては、十五日間、一日一番の土俵に全身全霊取り組む事は当然の仕業であると言えた。

 二人は順当に中日勝ち越しを決めた。そして九日目、十日目、十一日目と白星をそれぞれ伸ばし、場所が動いたのは十二日目だった。

 先に取組みが行われたのは基源の方で、相手は好調な平幕力士だった。基源は危なげなく寄り切って白星を更に一つ伸ばした。そして、この日結びの一番で今場所初めての横綱対大関戦が組まれ、天秀峰が横綱と当たった。一人横綱として長く場所を支えてきた横綱は、綱とりの重圧にも呑まれず、集中して自分の相撲を取り続けている相手を立ち合いから堂々受け止めた。がっぷり四つとなった二人は土俵の中央でそのまま動きが止まった。行司のはっけよいが響く中、先に動いたのは天秀峰だった。まわしを切って前へ。そう思った矢先、横綱がするりと動いて気付いた時にはかいなを返していた。一瞬間重心の高くなった天秀峰の隙を見逃さず、横綱は貫禄たっぷりに投げを打って天秀峰を土俵に転がした。横綱の意地さえ見せた相撲に、観客席からは大きな拍手と悲鳴が響き渡った。ここで今場所初めて優勝争いで基源が頭一つ抜け出した。


第八十一回に続くー


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ようこそいち書房へ。長編小説はお手元へとって御自分のペースでお読み頂きたく思います。

「AI×隕石×大相撲」 三つの歯車が噛み合ったとき、世界に新しい風が吹きました。 それは一つの命だったのか。それとももっと他に、相応しいも…

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