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掌編、短編小説広場

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此処に集いし「物語」はジャンルの無い「掌編小説」と「短編小説」。広場の主は「いち」時々「黄色いくまと白いくま」。チケットは不要。全席自由席です。あなたに寄り添う物語をお届けしたい…
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#物書き

掌編「orange」

 抜群にセンスが無いって言われた。  小6の時だった。まだ小学6年生だったのに、そんなにはっきり言われたら、ああ、僕は服選びのセンスが無いんだって、すっかり思い込んじゃって、そのまま大きくなったらどうなるか、想像つくでしょ。  僕は黒色の服しか着ない。誰が何を言っても黒色のTシャツを着て、黒色の綿パンをはき、黒色のパーカーを重ねる。あ、言っとくけどボクサーパンツも黒一色だから。  それなのに――  高校3年生、梅雨。 「へえー、あったかい黒目してるんだね」  日曜に

短編「戯れに蛍、知らぬ間の夜」

 都を離れて山へ入ればそこら中飛んでいるよ  誰が言ったものだか、ささやくようにずっと耳の奥で繰り返される台詞。そのあやふやな声を頼りにして、ともかく私は蒸し暑い京の都を訪れた。 * ー戯れに蛍、知らぬ間の夜ー  相変わらず人の多い京都駅から電車を乗り継ぎ、後はタクシーを捉まえた。額に吹き出す汗をタオルで拭いつつ行き先を告げる。運転手は緩やかに車を出した。 「蒸すでしょう、京都は」 「そうですね、蒸し暑い」 「お客さん、どこから来はった?東京?」 「―まあ、新幹線で・

掌編「ビターリキュール」

 目の覚めるような鮮やかなルビー色から、色を持たない小さな気泡がいくつもいくつも上っては、グラスの外へ弾けていった。 「凄い色ですね」 「きれいだろ?」 「きれい。強い赤。情熱的」  玲子はグラスを手に取ると、カンパリソーダを繁々と見つめた。グラスの底へ沈められた真っ赤なリキュールが、彼女がグラスを傾けるたびゆっくりと底を揺蕩う。ソーダはこの間にも絶えずシュワシュワと弾けてゆく。信太は見かねて声をかけた。 「飲まないの?」 「飲みます」  あれ程物珍しそうに目をぎゅっ

掌編「桃、菖蒲。いざ勝負。」

 僕はお雛様が好きだった。子どもの頃、三つ上の姉の御蔭で、毎年家にはお雛様が飾られていた。勝手に触らない約束を守れば、好きなだけ見てて良かった。お雛様とお内裏様の、白くてきれいな顔立ち、それに立派な冠や衣装。年に一度灯りの下へ出されては、じっと並んで、僕らの生活の中に溶け込んでいる。だけどその佇まいには気品があって、雛壇の上だけは、やっぱり特別なんだと子ども心に思った。なにより、必ず二人寄り添って並んでいるところが好きだった。  それから、桃の節句にお雛様と分けっこして食べ

短編「かなまう物語・外」

  短編「かなまう物語・外」 「この先には外道がある。絶対通ってはいけないよ」  大人たちから散々注意されていた小さな女の子であったが、ひょんなことから道に迷い、気付けば絶対通るなと言われていた道の前に出てしまった。暗い。けれど、その先は明るい。行ってみたい。ちょっとだけ覗いて、直ぐに帰ってくれば大人たちにばれないし、大丈夫よ。  女の子は行ってしまった。  鬼たちが「外道」と呼ぶ道の先にあるのは人の世だった。毎年立春近くになると人間の都合で強まる結界が、忘れるのが得

短編「かなまう物語・下」

 ぼうぼうだった草に元気がなくなった。風が強まり、細い路地にも舞い込んでは落ち場を転がしてゆく。秋が来たのだ。  手紙は相変わらず届けられていた。箪笥の上へ積んでいた手紙はいっぱいになって雪崩を起こしたため、男は箱を一つ用意した。押し入れにしまってあった段ボールの一つだ。最初に屑籠に投げ入れた手紙もいつの間にか拾われてそちらへ入った。手紙の封筒の色や柄はいつも様々で、段ボールの中は男の家の内で一番カラフルだった。  今日は何が書いてある?  手紙を取り込んで早速便箋を広

短編「かなまう物語・上」

 郵便ポストの後ろに忘れられた細い路地がある。路地に沿うのは民家の側面とか裏側で玄関を構えている家はないものだから、日中もひっそりとしている。だが近所の住人にとっては生活道路に変わりなく、知る人ぞ知る路地でもある。その路地の片隅に、男の家はあった。  男の家は路地のぷつりと切れるぎりぎりの位置にあって、平屋で、古くて、瓦が日に焼けて薄ボケて、玄関前の草はぼうぼうと生えたら生えたままであるし、冬になれば勝手に枯れている。男が何をして生きているのか、誰も知らない。  こ

短編「ことに朝は忙しい」

 ソウのお母さんはふくよかなお腹とお餅のように柔らかい頬が自慢で、子どもは全部で十一人いる。ソウは十一番目の子どもだ。  ソウは保育園に出発する時間が迫っているため朝ごはんを急いで片付けなくてはならないのに、末っ子の甘えん坊がどんな時でも発揮される。 「お母さんボタンがとまらないから僕保育園行くのやだ」  お母さんは家族みんなの朝ごはんから身支度まで全部ひとりで請け負っていて、ソウ一人にばかり構っていられない。フライパンの目玉焼きをじゅうじゅう言わせながら、後ろ振り返って

掌編「味噌おでん」

 十八歳。独り立ちして初めての冬、名古屋。  仕事帰りの深夜、急におでんが食べたくなってコンビニへ寄った。実家では毎年寒くなると母親が作るおでんが飽きる程食卓に出て来たから、まさかいきなり外で食べたくなるとは思わなかった。大根や玉子、がんもなんかを容器に詰めてレジへ持って行き、会計を済ませようとしたら、店員が蓋の上にからしと味噌を付けた。家に帰っておでんの容器をテーブルに載せて、俺は一人でツッコんだ。 「おでんに味噌って何?」  おでんと言えばだしと醤油味と決まっている。

短編「君の儒艮を受け取れない」

「バニラのスティックでコーヒーを混ぜると幸せの風が吹いて来るの」  海色のカップの中身をかき混ぜながらあなたがそう言って笑う。香ばしい湯気が立つと、僕には確かに幸せの風が吹いて来た。とろけるような甘い香りがした。 「ちょっと甘すぎるよ」  僕がパーカーの袖口で口を隠すと、あなたは頬を緩めて笑った。魔法のビーンズは海色のソーサの隅に載せられる。あなたはコーヒーに口付けた。そして、カップの縁から上目遣いに僕を見たね。  あの時僕の心臓は派手に波間へ弾けたんだ。テトラポットへぶ

掌編「白波さんのパパイヤ」

 白波さんの頭の上にパパイヤが見えるようになったのは、先週の金曜日のことだった。載せてるんじゃない。浮いてるんだ、頭のてっぺんで。パパイヤって熱帯地域にしかできないと思ってたけど、白波さんの頭の上にもできるんだ。  青くてまるまるとしたパパイヤ、熟れることはないんだろうかと僕は少し心配した。それから試しに課長の頭の上を見てみたけれど、何も浮いていなかった。それとももう何処かへ落っことしたのかもしれない。課長らしいやって思う。  ところで僕は、はだかの王様はピエロだったんだ

掌編「草摘み」

 女郎花が朝露を被り、こちらへちょんと首擡げている。指先で触れると、吸い寄せられるように冷たい雫が指の腹に纏わりついた。暑さの盛りを越えて、朝晩に少しずつ涼が戻って来た。夕暮れの蜩が聞こえると、これと云って特筆すべき思い出も無いのだけれど、神妙が胸へ寄せて、まるで去り行く季節を名残り惜しむかの様だった。  両親が購入したこの家には庭が在る。快活な女子高生が大股でいち、にと歩いて五歩かける三歩の広さで、引越した当時植えた桜の木は随分立派に育ち、敷地の外からでも花を愛でる事が出

短編「暮れなずむ朝顔列車」

 ドアが閉まります、ご注意下さい。  発車間際にホームへ降り立った僕は、一番手近のドアから体を車内へ滑り込ませた。ベルが鳴り、間もなくドアが閉まる。ぎりぎり駆け込み乗車じゃない積りだけど、注がれそうでこちらを見ない視線が勝手に痛い。車両を一つ移動して空いている席を探す。  平日、昼間。乗客疎らな車内、空席は直ぐに見つかった。四人掛けのボックス席を一人で占める。走る程に深い緑に囲まれてゆく、かなりのローカル線。一本逃すと、次は一時間以上先だ。車輌も古く、ボックス席の窓も開け

掌編「青空」

 イチロウは日傘を放り投げた。たちまち強い日差しを全身に浴びて目が眩みそうになる。どこまでも青くて、限りなく続く空を仰ぎ、焼き付けるように、挑むように見つめた。真っ白の雲が安寧の象徴の如くに揺蕩っている。両手を広げて深く呼吸すれば、新鮮な風が自らの肺に取り込まれ、心身を清めてくれる。指の先にまで伝わる生の巡り。熱い大地を踏みしめる足裏の感覚。背中の熱。蟀谷の汗。耳の奥に真夏の音。  俺は今生きている。あの日あの時散った命が、当たり前に迎えたかった明日の青空を見上げている。一