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短編小説

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#創作大賞2024

【短編小説】いつか思い出になるとか知らねえよ

【短編小説】いつか思い出になるとか知らねえよ

夢のなかみたいな夕日と、世界がこれから終わりますと言われたら納得してしまいそうな雲が迫ってきている。空が近い。どこかで見た気がする景色を、ずっと思い出せずに帰路につく。

海辺に住んでいると、よくいいなあ、と言われる。絶対大人になっていい思い出になるよって。

そんなこと知らねえよ。悪態をつきながら、毎日船に乗っている。自転車を押して、たいして便のない時刻表を横目に歩く。

Iターンが流行っている

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【短編小説】おーしまい

【短編小説】おーしまい

「さな、死んだんだよ」

写真におさめたら白く光って色が飛んでしまいそうな空が、窓にうつっている。

カウンターの席しかない牧歌的な喫茶店に似合わない言葉だったので、私はまず、聞き間違えた、と思った。口を開いていた光代のほうを眺め直した。思ったよりも深刻な表情に確信して、身体が固まった。

「え」

「去年。事故で」

ひとつひとつ駒を置くみたいに、そっけなく光代が教えてくれた。

「知らなかった

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【短編小説】お久しぶりです恋人さん

【短編小説】お久しぶりです恋人さん

手を繋ぎたいです、と急に言われて、最初は分からなかった身体が、首の付け根からぐぐぐーっと熱くなって反応する。

「なに、きゅうに」

自分でもどんな顔をしているかわからないまま聞くと、

「たまにはいいでしょ」

と表情を変えずに返された。

指をからめることなく、握手みたいにしっかりと手を繋ぐ。
そのまま土手沿いを歩くと、ちらほらとスーツ姿で自転車をこぐサラリーマンや、大きなスポーツバッグを持っ

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【短編小説】のぞく

【短編小説】のぞく

目に入ったのは本当にたまたまだった。電車で偶然隣だった初老の男性が、スマホを開いていた。車両が全部埋まるくらいの混み具合だったので、肩が触れるのは仕方のないことだ。むしろ座ることができない混み具合のなか、こうして席に座ることができたのはありがたいくらいだった。

メモ帳らしきアプリに入れている文字を、改めて打つでもなく、男性は眺めていた。自分は背もたれにしっかりもたれて、男性はスマホを胸の前に置い

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