20210518 通院メモ 「自分の人生」とは?
自分の中に仕事が占める割合というのは、これまでとてつもなく大きかったのかもしれない。
というか、大きいのは間違いない。
よく、仕事に関する勉強会などに参加したりして話をしていると、こういう質問を受けることが多かった。
「Ryumaさんは、何がしたいの?」
そして、今日のクリニックで同じようなことをリハビリの先生から質問される。
「Ryumaさんにとって、仕事とはなんですか?」
「Ryumaさんは、どうなりたいんですか?」
「なりたい自分の姿というのは、どんなものですか?」
どうも、自分がしたいことは他人が主語の言葉ばかり。
「自分のための人生を送っていなければ、他人が主語になるようなことばかりを仕事として頑張っているのならば、ストレスマネジメントとしてはかなり苦しくなって当たり前ですし、今後も苦しくなってしまいますよ。
そこのところに向き合っていく必要がありますね。」
今日は、そこのことばかりを考えるようになって、リハビリの先生との振り返り以降、フリーズしてしまったように頭が動かなくなってしまう。
言語化できない。
自分の生き方に価値があるのだろうか?
自分のためになることってなんだろうか?
自分は何がしたいのだろうか?
答えがない自分は、空虚なものでしかないような気がする。
自分という個性がありながら、結構目指していたところは無色透明という感じがある。
いかに、自分という個性を抑えるのか。
自分という個性が恥ずかしいという観念も持っているところがある。
人に受け入れてもらうのは難しい。
自分のために人に手間を取らせるようなことは、ものすごく罪悪感がある。
だから、頼み事をするというのはとてもハードルが高く、諦めてしまいがち。
そんな中で、ようやく家人に対してお願いできるようになってきた。
なんだか、いろいろなことが頭に浮かんできて、まとまりがつかない状況になっている。
いろいろな記憶の断片が頭をよぎる。
ちょっと、辛い感じのあるリハビリであった。
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