【小説|SS】王子は人魚のしあわせを願う









 カーテンを外した窓に直接降り注ぐ日差しは、とにかく痛い。
 一週間泣き続けた空は昨日までの不機嫌が嘘だったようにカラリと笑う。随分と豪快だ。蝉たちの大合唱は梅雨明けの報せで、大切な日に晴れるのは日ごろの行いがいいから、と鼻歌交じりに口にするする。
引っ越しをするのは三度目だ。一度目は社会人になり実家を出たとき。二度目は当時の恋人と別れたとき。そして三度目の今日。婚約者の住むマンションに移るために三年住んだこの部屋を去ることになった。
 二度目の引っ越しの時に随分と身の回りのものを処分したせいもあって、荷物の整理が想像以上にラクチンだ。予定より早く荷造りが終わりそう。やったね。
 ふと、処分し損ねていた一枚の写真。その中の彼は、驚くほど穏やかな表情をしていた。
 こんな顔で笑っていたのか、あなたは。
記憶と照らし合わせても、眉を顰めた苦い顔しか思い浮かばず、なぜか申し訳ない気持ちになる。笑った顔が一等好きだったはずなのに。生きていくなかで、思い出はかたちを変えてしまう。

 元恋人は、いつも、恰好いいひとだった。
決してほんとうの弱さを他人に見せず、嘘がつけない性分で、感情に素直で。いま思えば、それらはすべて彼の弱さだったのかもしれない。
彼は、なぜか他者を愛する以上に自身が愛されることを恐れていた。熱を分け合う最中でさえも本心が掴めず不安で仕方のない私よりも、さみしい眼をしていた。
 それが余計に私を孤独にさせていたと、きっと彼も解っていたのだろう。だからあの時、私は選ばれなかったのだ。五月雨に密閉されたいつもの喫茶店で俯くあなた、冷えた珈琲の味、指先の色が白くなるほど握りしめられた大きな手。「無理なんだ。」の一言。

 当然の結果だと、今は理解できる。
 あなたは私を「しあわせにできない」と告げ、手を放した。
まるで、王子を愛するあまり身を投げた人魚姫のように。

 ジーンズのポケットに差し込んでいたスマホが震える。約束の時間よりも早く到着しそうだが大丈夫か、という業者からの確認にむしろ有難いと返事をする。今日は本当に幸先がいい。
 「私はちゃんと幸せだから、あなたもしあわせになってくれよ、頼むから。」
 写真を小さく折りたたみ念じる。
 あなたが思う幸福がいつもそばにあって、大好きだったその声で大切な誰かの名前をたくさん呼んでいてくれたら、いい。寂しがり屋なその心が、ちゃんとあたたかな毛布に包まれていれば、なお良い。二百点満点だ。
 二度と交わることはないけれど、私はあなたが大切だった。傷つけあってしまった仲だとしても、すこやかな笑顔を祈るくらいは許されるであろう。
 
 新居に花を飾ることを快諾してもらったから、今日は馴染みの花屋でブルースターを買おう。忘れないようメモ機能に入力したと同時に、引っ越し業者の到着を告げるベルが鳴った。







後書きという名の言い訳


 御贔屓、40歳のお誕生日おめでとうございます。

 こちらのSSは2020年に書いたものです。
 当時、私は俳優の荒木宏文さんを応援しておりまして……2020年の今日に向けて御贔屓の音楽(楽曲)で物語を綴るカウントダウン企画を、勝手にひとりでTwitterでやっていました。
    PCもスマホも変更し、Twitterに掲載したものも全て消去していたのですが、これだけcloudにデータが残っていたためお焚き上げを決行。
    いま読んでも思う。3年前の自分、拗らせている。


 肝心の原作はこちら↓↓

 「別れた彼女がその後、しあわせになっていてほしい」と願いすぎて爆誕した物語。フィクションだからいいように解釈しました。原曲を聴いてもこの小説はとてもわかりづらいので、もっと精進しなければ。

 新木さんを当時の熱量で応援することはできないけれど、私の中で変わらず彼は「よき俳優さん」であり、「演劇好きな気のいい兄ちゃん」である。これからもすこやかでいてください。
 40代も無理と無茶とちょっとの休憩で爆走してください。そしていつか笑いながら舞台の上で倒れてください。楽しみにしています。
 

 エゴイスティックな創作に最後までお付き合いくださったあなた様、本当にありがとうございました。

 さよならエゴイズム、こんにちは黒歴史!


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