サッカーの試合に、飛び交う弾丸 【この世は、たぶん、生きがしづらい。 その2 】
小学3年生の生活は、とても平和な年だった。
その年の担任の先生が、どうやら当時2年生の僕のことを気にかけてくれていたみたいで、次の年のクラス替えを考えてくれていたようだった。嘘みたいな話だが、3年生の時のクラスには、僕をいじめた生徒が誰ひとりいなかった。
その1年で傷ついた心は、治りかけまで回復する。担任の先生に見守られながら、クラスメイトとも会話する勇気を内心怯えながらに育んだ。
小学3年から4年にかけて、友達になったのは、イケメンの優男だった。
クラスの中でもまぁまぁの高身長で、常に女の子に囲まれていた。バレンタインの日の放課後にもらった、定番の手作りチョコとすごい色のわたがし、メッセージ付きm&m’sのチョコを分けてくれたのを覚えている。
優男と僕には、新作のカードゲームを集めるという共通点があって、よくカード遊びをした。新作のカードは、デザインがとても新鮮で、おもしろくて、好きなカードがいっぱいあった。カードゲームと言うのだから、戦う訳で、僕は好きなカードをふんだんに入れて、ワクワクしながら優男のところへ持っていく。彼は、レアカードをほぼ揃えていたので、戦いに全然勝てなかった。
彼は、僕にとって、雲の上のような存在。
ある日、優男が僕をサッカークラブに入らないかと誘った。
僕は、サッカーをよく知らなかった。サッカーと言えば、どうしてか家に常備してあった" Jリーグカレー "に" Jリーグふりかけ "、" Jリーグのアイス・バー "で存在を知っているぐらいでーー
いや、マスコットキャラクターしか知らなかった。なんかのアニメだと思っていた。とりあえず、絵柄は好きだったから少しの間、見ていたような... ...
優男の周りには、友達がたくさんいて、その友達が代わる代わる僕を勧誘する。彼らも優男と同じ、サッカークラブに所属していた。となると完全にターゲットだったわけだ。
きっと、これもサッカーにおける華麗な連携プレイなのだろう。
僕は、サッカーを知らないまま、入会まで完全に押し切られ、ゴールを入れられてしまった。
優男は、本当に優しくて、ボールキックのテクニックや試合のルールを丁寧に一個一個教えてくれた。クラブでも日曜日に集まって、町民会館の2階を借りて、VHSで録画したであろうサッカーの試合を見ながら、監督やコーチが、ああだこうだ説明していた。とても熱心なバックアップがあったと思う。
うん、全然、理解できなかった。意味がわからない。
カタカナにされると、名前すら覚えられなかった。
なんなら、日曜は、朝のアニメを見たくて、ノイズ混じりのサッカーの試合を真剣に見ている彼らが狂気に感じていた。
それでも、僕は、試合には出されて、よく後ろのポジションに配置された。どうして後ろのポジションかというと、僕は体が丈夫で、ガタイがよく、スタミナがない。そして、オフサイドの意味を全く理解していないから。
僕が監督でもそう配置しているだろう。
でも、僕を試合に出さなくちゃいけない理由があって、本当は、人手が足りなかったからだと思っている。
いや、いたには、いたんだけど、
僕より1個年下の小さく気弱な男の子がひとり。
その男の子と試合にでることがあった。その子も後ろのポジションで、ディフェンスをする。大概、相手のプレイヤーにその子は、ぶかぶかのユニフォームのどこかを引っ張り回されて、何もできていなかった。なんなら、そのままゴールまで併走していることもあったし。
「( 服を掴むのは、ファールにならないんだ。話が違うじゃないか。)」
僕も年下の彼もきっと同じく、自分の気持ちを心の奥に押さえ込んでいたんじゃないかな。
後ろのポジションにいると、考え事が多くなる。前線の光景がよく見えるせいか、余計に自分の立場と比べてしまい、全てが雲泥の差に感じた。
「( ボールがこっちに来ないまま、試合が終わってくれ。)」
ボールがこっちに来ると怖くなる。忙しない世界がこっちに押し寄せてくるような感覚に陥り、ボールしか見えなくなる。
まわりから、自分より体の大きな子が迫ってくる。
監督とコーチが遠くで自分の名前を呼んでいる。
周りからたくさんの声が、、、誰かが呼んでいる。ーー
バシュッ!
僕の心臓を何かが貫いた。
血は出ていない。体の痛みもない。
バシュッ!バシュンッ!
さらに心臓を貫く。
的確に... ...
的確に... ...
「休むなっ!」
「走れ走れっ!追いかけろ」
「ちゃんと見ろっ!」
「なにしてる!?」
「なにやってんだよバカ」
「ぐずぐず してんじゃねぇよデブっ!」
「いいから、渡せっ!頭悪りぃな」
「下手くそ!やめちまえ」
「黙ってそこにいろ!」
「おい___!!!」
「___!!」
即死だった。
練習試合で即死。
初めて、父が応援しに来てくれた日に息子は、死に晒した。
試合が終わって、昼ごはん。
父がそっと、こちらに来る。
僕は、母が作った冷えたおにぎりを一口かじった。
もうだめだった。
僕の状態をみて、父は何も言葉が出ていなかったのを覚えている。
僕は、父が会社の帰りに "横浜F・マリノス" の本を買ってきてくれたのを覚えている。
僕は、ユニフォーム代や靴代やその他一式、クラブの会費が高かったのを知っている。
これを読んでいるみんなは、「悔しくないのか?」
そう思うかもしれない。
これは、悔し涙なんかじゃない。
申し訳なかった。
親にわがままを言って、やってきたことが、嫌と言えず、
本当のことが言えず、迷惑をかけたことが申し訳なかった。
心の奥にしまっていたものが、心臓を貫かれたことで、飛び出した。
これは、どの世界でも、大人でも言える話、
僕は、あのとき心臓を撃たれて、死んだ。
-【この世は、たぶん、生きがしづらい。 その2】
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