ヤ・マーダ

不定期。

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最近の記事

畏怖【短編】

こんな話を聞いたことがあるだろうか。 三重県の某団地前の公園に佇む池には、人喰い人面魚が出るという言い伝えがある。池に入った子供をばくりと飲み込み、以後、魚の顔が飲み込んだ人間の顔面のように変貌するというなんともグロテスクなものだ。 言い伝えというよりも小さな噂でしかなかったのだが、その公園に遊びに出かけたひとりの少年が行方不明となって果たして帰宅することはなかった出来事があってからというもの、団地の少年たちはみなその噂を信じ、最もホットな話題として狂乱狂唱していた。 僕

    • 2月への誓断【短編】

      断片的に捉えれば、それはいつも通りの日曜日であった。 普段と異なる点といえば、もうすぐ雨の音が聞こえてきそうな夜であったことと、明日・明後日は入学者選抜とその採点日の影響で、休日であるということであった。思うに、2月の夜は他のどの月よりも静かである。 彼が中学を卒業してから1年が経とうとしていた。 卒業後、家から自転車で通える範囲の高校に進学したが、休日を除いて朝昼と彼は身動さえとれないような地獄に在していなければならず、とはいえそのいっこうに改善されることのない激しい苦痛

      • 敢え無き今日も【エッセイ】

        その日、駅前にやたらと露出が際立つキョンシーが2体出現していた。私の街はお世辞にも治安が優れているとは言えず、路地裏では公道からあぶれた若者たちがマリファナを嗜んでいる、そんな噂が伝播するようなところだ。実に情けない。 私は彼女らを見るに、「いよいよこの世の終りが近づいているな」などと考えていたのだが、そこでようやっと今日がハロウィンデーであったことを思い出す。それらは蘇ったエグめ売春婦ではなかったのだ。悪かったね。 「公道からあぶれた」旨の言葉を使ってしまったが、自身だっ

        • 先輩【短編】

          一号棟の前には岩があった。 高校の名が掘られている、1期生の寄贈らしい。 わたしは38期生だった。つまりは、当時はそこまで歴史のある校舎ではなかったのだ。 吹奏楽部だった。同じパートの先輩はひとりしかいなかった。4階の窓から見えるその岩を、ときどきふたりで見ては、途端に寂しくなったりしていた。それは確かに先輩だった。 「まるで僕たち、ここで出会ったんじゃないみたい....」と、先輩が言った。 本当にそうだった。わたしは先輩の薄い肌を横目にうなずいた。ずっと前からこうして、

        畏怖【短編】

          単語汚濁【短編】

          急に意識があらわれて僕は思う、彼は随分と待たせるなあと。僕がこのような喫茶店をあまり好んでいないと知っておきながら。わざとじゃないにしろ、いじわるだなあと思った。 僕が入ってきたときよりも小さなドアベルが鳴り響いて、一回だけ瞬きをした。 「ごめんね、少し遅くなっちゃった」 彼は僕と同じテーブル席に腰掛けた。何か黒いものが胸裡を過った気がした。 「じゃあ、即刻、実験といこうじゃないか。」 彼は、noteとかいうアプリケーションで端くれのような物書きをしているらしい。無論、本

          単語汚濁【短編】

          Kさん【短編】

          Kさんに声をかけられたような気がしました。 私は答えました。 「私は」 そこで目が覚めました。 あの時もこんなふうに目が覚めたのでした。 あの時というのは、お医者さんに大量の睡眠薬を貰った日です。その時の夢でも、やっぱり私はベッドの上にいました。そして、同じ質問を受けたのです。 もちろん、私が答えようとしたところで目が覚めましたが。 あれから一年あまり経ちます。 その間に何度も死のうと思いました。Kさんに急かされているような気がして。でも、死ねませんでした。 昨夜もいつもの

          Kさん【短編】

          ジジイが書く詩【短編】

          艶が失われた瞼に文字が羅列している携帯の光が当たって黒い筋が明瞭に現れている。 横臥したまま、文字を淡々と入力していく。 こんなはずではなかった。 俺は興味本位に作詩教室に入会したのだが、同年代の者はおらず、ジジイばかりだ。 加えて、初回で3ヶ月分の月謝を払ってしまったらしく、良心の呵責に苛まれつつも、抜けるにも勿体ないので3ヶ月間は続けてみることにした。 ここのジジイの書く詩には共通点がある。 どれも懐古に囚われたまだるっこさを持ち合わせ、ときに説教臭いものであるという

          ジジイが書く詩【短編】

          ダジャレ族【短編】

          司令部の弘中大佐が言うには、第13飛行師団の飛行第44戦隊の中の1機が、朝鮮海峡の未知の島に不時着したらしい。 「そこで急遽、この第13飛行師団からその小島に調査団を派遣することになった。」 馬鹿な、と俺は思った。 この敗戦ムーブが立ち込める中で、貴重な人材をその訳も分からぬ島に飛ばすなど、正気の沙汰とは思えないような愚行だ。 弘中大佐は大本営発表を間に受けているようなノータリンの国民とは違う。無論、真実に基づいた大日本帝国の戦果は耳にしているはずだ。それなりの地位を持ってい

          ダジャレ族【短編】

          ヤバめの芸術論【エッセイ】

          しかし、この国は暑すぎる。 どんな些細な時間にも、常に頭に過ぎるその感情は自分を溶かしてしまうようだった。緊張が紐解けることはなく、食えなかったおにぎりは鞄の中で楕円上につぶれてしまっていた。それに不快感を覚えた私は、全てを夏のせいだと暑さに押し付ける。 交通にとって無益な信号を渡る。 空は嫌にも快晴だ。 コンクール当日、県庁がある市に電車で向かう。 とにかく、席に座るのが嫌だった。プライドの所為か、人を重んじる事を鵜呑みにしていたのか、とにかくその時は人前で座ることを躊

          ヤバめの芸術論【エッセイ】

          湿地帯の夢【エッセイ】

          最近、アメリカの湿地帯の夢をよく見る。本当に何の面識もない場所なので、少し怖かったりもするのだが、特に気にせず生きている。 先日、変なことに詳しい友人と会った。そこで、湿地帯の夢の話をした。 「随分と変な夢を見るね」 「変じゃない夢なんてあるの?」 「夢が変なんじゃなくて この世が変なんだよ」 そう言って彼女は笑った。 いまいち、言っていることが分からなかった。 その夢のことについて詳しく話した。 霧が濃くてさ、とか。色々話しても彼女はよく分からない場所で笑う

          湿地帯の夢【エッセイ】