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先輩【短編】

一号棟の前には岩があった。
高校の名が掘られている、1期生の寄贈らしい。
わたしは38期生だった。つまりは、当時はそこまで歴史のある校舎ではなかったのだ。

吹奏楽部だった。同じパートの先輩はひとりしかいなかった。4階の窓から見えるその岩を、ときどきふたりで見ては、途端に寂しくなったりしていた。それは確かに先輩だった。

「まるで僕たち、ここで出会ったんじゃないみたい....」と、先輩が言った。
本当にそうだった。わたしは先輩の薄い肌を横目にうなずいた。ずっと前からこうして、ふたりで遠くを見ていたみたいって。ずっと見ていた。

「生まれたときからずっとですよ。」
「これからも、かい。」

これからも、ずっと、ふたりで西を向き続けるのだろうか。死ぬまで。
わたしたち、いつ知り合ったんだっけ。先輩は覚えているだろうか。あえて言葉にせず、笑いかけてみようか。

「僕たちがいつ知り合ったか、そんなのはどうだっていいじゃないか。」

しかし、と、僕は思った。僕たちがはじめて知り合ったのは、いつだったのだろうか。
そう、大学2年の夏。あのときがはじめてだったような気がする。
そこそこの成績だった僕は、地元を離れ、有名国立大学に進学した。トップレベルというほどではないが、聞こえは良い、そんな大学だった。
2年生になり、後輩ができる。同じサークルなので、趣味嗜好がピッタリだった。
きっと、それだけじゃなかった。
陽光に照らされた海。僕らの身体はともに濡れていた。
「あの、」と、君が僕にささやく。
「私たち、今日はじめて会ったんですかね」
「違うと思う」
僕は彼女に近づきながらかぶりを振った。
「僕はずっと前から君の....」
「何?」
「先輩だった」僕は彼女をぐいと抱いた。
「そして、死ぬまでの。」
「ええ、死ぬまで。」

夕陽に映え、先輩の頬は赤くなった。私たちは海岸で、接吻した。あれはいつのことだったんだろうか。きっと、ずっと昔のこと。そう思った。また、遥か未来に起こるはずのことであるかようにも思える。
「わたしたち、生まれ変わるんですかね」
病床の老いやつれた先輩の手を握って、私は窓から景色を眺めていた。
「僕は死ぬよ。」しがれた声。

「でも、また生まれ変わる。そして、君と一緒に、いつまでも一緒に。」

そう、いつまでも一緒に。
いつも一緒にいる僕と後輩ちゃんを、同級生はばかにした。
「おいおい。お前は女といつもいっしょ。」
「この女好き。」
僕は学ランの袖を強く握った。そして、僕の背中に隠れた小さな後輩を、やんちゃな同級生から守った。
「この野郎っ」
やんちゃたちは、口々に囃し立てながら足早に去っていった。僕と後輩ちゃんは、うまく重ならない手を握り合って、額を寄せあった。
「やっぱり、僕たち、生まれたときから。」

「はい。先輩。」

今度は病床の先輩の方を見て、言った。
「わたしたち、まるではじめて会ったみたいですね。そう思いませんか。」
「まったくだね。」僕は言った。彼女はいつだって新鮮に映る。まるで、私たちははじめてするみたい。僕も、はじめてだよ、とあえぎながら叫んだ。わたしは処女なんだろうな、永遠に。素晴らしい、愛しい人、君。君、君は誰だい、と僕は海岸に佇む女性に声をかけた。音楽室の端っこで、あなたこそ誰なのですか、と言ってみる。知ってるくせにな。あなただって、知っているはずですよ。


第3次元はその枠として「時間」がある。1分は60秒、1時間は3600秒と、形は時間により浮き上がっていた。
第3次元が一方的に第2次元を覗くことができるに、こちらも第3次元を一方的に覗いている。
手元にあるその空間を眺める。
重ねる、ずらす。認識。唸る。
そのとき、時間は機能しない。
ただ、そこに在るだけだった。

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