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ダジャレ族【短編】

司令部の弘中大佐が言うには、第13飛行師団の飛行第44戦隊の中の1機が、朝鮮海峡の未知の島に不時着したらしい。
「そこで急遽、この第13飛行師団からその小島に調査団を派遣することになった。」
馬鹿な、と俺は思った。
この敗戦ムーブが立ち込める中で、貴重な人材をその訳も分からぬ島に飛ばすなど、正気の沙汰とは思えないような愚行だ。
弘中大佐は大本営発表を間に受けているようなノータリンの国民とは違う。無論、真実に基づいた大日本帝国の戦果は耳にしているはずだ。それなりの地位を持っているはずなのに、何故そこまで余裕の溢れた馬鹿な真似の是非から目を背けているのか。
「なぜ、今にそのようなことを。」
司偵を担っている奥村少佐がたまらず声を出した。
どうやら、弘中大佐を除くこの場にいる全ての人間は同じことを頭に巡らせているらしい。
「それなのだが、ここから先の話はあまり真に捉えないでほしいんだ。」
いつもは弛むことなく整えられた弘中大佐の髪の毛が、今日は数本程度、逆立っている。
俺は固唾を飲まずには居られなかった。

「不時着した機からの、情報によると、そこで、未知の民族が、見つかったらしいんだ。」

俺は瞳孔を小さくしたのだが、
皆、明らかに動揺しているわけではなく、なんだそんな事かと憤りの念が先行している奴ばかりだ。
「そ、そんな土人ども、今に構っている暇はありません。この戦争が終わってからじゃいけないのですか。」
「どうやら、そうもいけないらしい。俺も、腑に落ちるものではなかったのだが、上からの、指示だ。なんせ、そいつら、所謂、ダジャレってやつを、具現化する魔術を使うらしいんだ。不時着した奴が少しでも、楽観的になるために、朝食も食ってないのに、超ショック、と、いいやがったらしい。それを1人の土人が、復唱したのだが、土人たちが食っていた飯が見る見るうちに無くなって、露骨に元気を無くしていった、とのことだ。その異常性を感じ取って、色々、試してみたのだが、そいつらには、馬鹿げた能力が付与、されていると分かったそうだ。仏も、奇妙なことを考えるもんだな。はははは。」

弘中大佐の言葉は所々途切れていた。
息を吸う回数がいつもの12倍はある。
「未踏の未島に行くってな。」
俺はまたも瞳孔を小さくした。
こいつは何を言っているんだ、と。
そのつまらないダジャレは具現化された。


「こちら、緊急調査団第1部隊、無事にダジャレ族との接触に成功しました。」
俺は意気揚々と本部にこのことを伝えた。
「それじゃ、よろしく頼むよ。」
本部の奴も心做しかこの状況を楽しんでいるように聞こえた。
島の土人たちは、以外にも俺たちに友好的で、日本語教育を受ける気満点であった。
教育担当の島津は顔を顰めていたが、島津は教え上手で有名だ。それに土人たちの気合いも相まって、簡単な単語教育は3週間程度で終わった。
しかしながら、そこまで教育を施す必要性も感じられなかった。なにせ、おれたちが言ったことを復唱させればいいだけなのだから。

「ツクシ、ツクシ。」
ひとりの土人がそう呟いた。
俺は期待を胸にそいつにこう囁く。
「つくしはもう出尽くしたのかい?」
「ツクシ、デツクシタ。デツクシタ。」
生えかけだったつくしがぱっと消え去った。
初めて効果を見たときは噂は本当らしいと目を見開いたが、今ではもう慣れたもんだ。
次は、本部の指示通りこう囁く。
こんなにも簡単に未来を決議してしまうのは、流石に荷が重い。俺の額に緊張の証が浮き出てきた。
「中国のハエは中国人にとって」
「チュウゴクノハエチュウゴクジンニトッテ」
「ちゅうごく、危険らしいぞ」
「チュウゴクノハエ、チュウゴクキケン。チュウゴクジンニトッテ、チュウゴクキケン。」


中国戦線のやつらから連絡が入った。
どうやら、日本軍が一時的に撤退したあと、中国内のハエの大群が中国軍を攻撃しているらしく、奇襲は大成功に終わったらしい。
しかも、そのハエの危険性というのには目を見張るものがあるらしく、降伏も時間の問題ということ。
俺たちはこの連絡が入るまでの2週間、強力な協力者たちの文化に耽り、協力者たちにさらに様々な言葉を教えた。
「ゾウを見たいぞう」
なんてことを言わせ、出現したゾウを海に突き落とすのが最近の島のブームとなっている。

そんなことをしているうちに、天文学に興味を持つ協力者があらわれた。俺は、その分野には精通している方だったので、星のことを沢山教えてやった。俺はそいつのことを土人UVと名付けた。

本部から新たに連絡が入った。
「....と、言わせろ。」
「はい、直ちに。」
俺は1番のお気に入りである土人UVに近づく。
調査団の仲間たちは真剣な眼差しでそのときを待っているのだが、島津はカレーを食べており、横目程度の興味をこちらに向けていた。

「敗北したのは、」
「ハイボクシタノハ、」
「はい!僕アメリカです!」
「ハイボクシタノハ、ハイ、ボク、アメリカデス」

暑さが垣間見えてきた5月の終わり際、世界に日が昇ろうとしている。俺は誇りに思った。

「ホシガ、ホシイ」

土人UVは突然、馬鹿げたことを言いやがった。
調査団は一瞬にしてパニックに陥った。
叫ぶ者、のたうち回る者、星が衝突する前にゾウを召喚して玉と砕けた者もいた。
見る見るうちに月が大きくなって来ている。
どうやら、忌まわしき敵国が滅ぶ前に世界全体が滅んでしまうようだ。
島津の手からカレーが零れ落ちたとき、何を思ったか、口から言葉が飛び出した。

「こんなで全員死ぬなんて、世知辛ぇ。」

「ゼンインシヌ、セチガレエ。」

俺は島津をぶん殴った。
人類に残されたほんの少しの可能性の芽も摘んでしまったからだ。

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