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朱鳥蒼樹🕸️
2022年1月31日 20:31
僕がそのお医者様と初めて出会ったのはマシェという山奥の自治区だった。 その日、山菜採りに山に入っていた僕は木に絡みついていたイバラで足首を深く切ってしまった。その場では何ともなかったが、家に帰って見てみると傷口は化膿して何倍も膨れ上がり、その痛みで一歩も歩けなくなってしまったのだ。 僕はエルフと呼ばれる種族で、レナウン皇国では人間以下の扱いを受けている。幸いここマシェは多種族の暮らす自治区
2021年6月29日 17:31
うっすらと東の空が明るくなる頃、僕は人が一人余裕で入ってしまいそうな大きなトランクを持って外へと出た。石畳を踏む音は僕以外にない、まだまだ町は眠りの中だ。 僕は振り返って今しがた出てきた門を見上げた。黒いカラスと小さなスズメが鳴き声も上げず静かにこちらを見下ろしている。門に掲げられた聖なる印も色を失って黙っている。生命の呼吸が聞こえないこの場所で今動いているのは僕だけ。僕はこの時間にしか動けな
2021年6月20日 22:42
生は刹那的終わりがいつ来るとも知れない少しでも永くあれと願わない者はいないだろうしかし、生が一定不変のものであれば?終わりの見えぬ生を少しでも永くあれと願うだろうか無常の世を生きるから願いが生まれる限られた時間の中私たちは祈るのだろう《灰蜘蛛ノ手記》
2021年4月11日 23:46
† 初めて会った時、そのガキはいっちょまえに煙管の煙を飲んでおった。私が黙ってそれを取り上げると、そいつは緩慢な動きでこちらを振り向いて金の双眸で私を見上げてきた。 その目を見た時、これは屍だと感じた。命の宿っていない人形でも、瞳はもっとましな輝きを持つというのに。 この絶望した目はなんだ、と。こんなガキが、輝くことが当然である金の双眸を持つこの少年が、こんなに淀んだ目をしている理由は一体
2021年4月11日 23:39
その日は曇り空だった。灰色の雲に手が届きそうなほど低く、タメ息がまとわりつくような雨模様。――心が弾むおまじない、かけてあげるね。そこに現れた小さな泡吹きさんは、持っていた小さな筒を吹い上げた。ぷくぷくぷくぷくぷく中空に舞い上がった泡が雨に当り弾けて落ちる。重い雫、軽い雫。その雫を受ける大地にはとりどりの花が咲いていく。花弁に弾かれた水が奏でる音楽は優しく、まとわりつくた
2021年4月11日 23:37
【 ☕喫茶室☕ ~新作の作り方~ 】 喫茶室《ノクス》はギルド《白烏》の魔導師たちがくつろぐの憩いの場である。疲労困憊になって帰ってくる魔導師たちを労うのは店主のヤカクだ。 これは彼の涙と胃痛の記憶である。🍔編 少々小腹の空く昼下がり。 「ハンバーガー食べたい」 客のいないカウンター席に座っていた給仕のセルラフがポツリと呟く。 「あ?ハンバーガーってなんだよ、ハンバーグの
2021年4月11日 23:30
カッフェで一息つひてゐる時であった私は壁に近ひ一人掛けの席につひて、ウインナ珈琲を飲み乍らぼんやりと向かひの席を見てゐた(電球が切れてをる)其の席は横に四つ並んだ席の左から三つ目、一番左の席も心なしか照明が暗く思はれた(誰もおらぬ)私は電球灯らぬ寂しひ席を眺める佇む椅子の背が泣ひてゐるやうだった誰も其の声に気がつかぬのだサックスの物憂げな歌が響く其処は底知れぬ寂寥を
2021年4月11日 23:27
創ることとは戦うことと見つけたり。技量、技法、巧拙……。最高峰の戦いにおいてこれらはさして役に立たぬ。皆々がそれぞれに持っているものにどうして優劣をつけられようか。創作とは謂わば自分との戦い。誰に何と言われようと己を貫き、血反吐を吐きながらも、完成の時まで進むこと。ここに二人の絵師がいる。魂の叫びを自分の命を、己の全てをかけた絵で人々を魅了する絵師が一人、巷間の美を追究し、人
2020年2月1日 19:41
【君の涙の粒を集めて】 流れ落ちる一粒の雫、俺はそれを集め続けていた。透き通った小さな水晶を小さな瓶に入れて眺めていれば、欠けた何かがわかるかもしれない、そんな一心で。*-†-*-†*-†-*-†*-†-*-†*-†-*-†*-†-* それは「涙壺」といった。俺の育ての親であるハイエルフが作った色とりどりの硝子の小さな瓶、大人の中指ほどの長さで片手で握るのに最適。俺は瓶の首に紐をかけ
2020年2月26日 21:05
『当店で販売致しております《こころ》は非常に繊細でございます。ご購入をお考えの方は以下の点にご注意ください。 1、割れ物注意、天地無用 お持ち帰りの際は十分お気をつけください。 2、手作り品のため所々に綻びがございます。 あらかじめご了承ください。 3、初期不良以外での返品・交換はできません。 4、オーダー品のお届けには お時間をいただいております
2020年3月2日 18:45
人間は薄情だ。 肉の器が死を迎え、無事に往生できるようにと儀式を行うまでは飽くまで泣き続ける。ところが焼いて骨になった瞬間に、彼らはまるで泣き尽くしたとでも言うかのように涙の一滴すら流さなくなるのだ。骨は無機物でそこに感情など宿ろうはずもない、という無意識の現れなのだろうか。 否、忘れたくない、そう思っていても記憶は薄らいでいく。無常が彼らの視界を塗り替えて日常的風景を上書きしていく。そ
2020年2月2日 20:36
幼い頃、貴方はこんなことを言われたことはあるだろうか。 「自分がやられて嫌なことを他人にしてはならない」 こんな言葉、詭弁だ。例え自分がこの言葉を守って正直に生きていたとしても、他者が自分と同じように守ってくれるとは限らない。よりよく生きるために己に課したルールがある日突然僕を裏切ることだって考えられよう。僕の首をキリキリと絞め上げて、どうだ痛いか、苦しいか、と嘲笑する。その表情を想像し
2020年1月23日 23:42
――内緒だよ。 彼はそう言って、私をある場所に誘った。 骨董趣味が昂じ、古美術商達の間でも噂の稀少種蒐集家。それが彼だ。 まだ年端もいかぬ風体の彼がたった一人で住まっている屋敷はそれ自体が第一級の骨董品とも言えるほど。内部は己が百年の時空を越えてしまったかと錯覚するぐらい、生き生きとした骨董たちが所狭しと並んでいる。 骨董にさして詳しくない私でもわかる。これは一級品だ、とんでもなく状態
2020年1月18日 01:30
*-†-*-†*-†-*-†*-†-*-†*-†-*-†*-†-* 雪の様な白磁の肌、絹糸の如き艶やかな髪、三日月を形どる唇、雫煌めく垂れた睫毛…。其の奇跡の美しさに僕は思わず息を飲んだ。言葉等出てきはしまい、否万が一出てきたとしても俗世に残る言霊で此の美しさを説明できる筈がない。其れ程にも端正で儚くも麗しく…。 …例え透き通った着物の奥にたった一筋走る歪な紋が在ろうと、彼の魅力は変わり