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DeathMask(創作掌編小説)

 幼い頃、貴方はこんなことを言われたことはあるだろうか。

 「自分がやられて嫌なことを他人にしてはならない」

 こんな言葉、詭弁だ。例え自分がこの言葉を守って正直に生きていたとしても、他者が自分と同じように守ってくれるとは限らない。よりよく生きるために己に課したルールがある日突然僕を裏切ることだって考えられよう。僕の首をキリキリと絞め上げて、どうだ痛いか、苦しいか、と嘲笑する。その表情を想像してみるだけでも僕はたまらなくなる。正直に真っ当に生きている奴が馬鹿を見る世界など本当にくだらない。

 僕は馬鹿を見る側の人間にだけはなりたくなかった。

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 ある日、僕は育ての親のハイエルフからある使命を下された。《楽園》の外に赴き、人の死に顔を面の形にして集めろとのことだった。もちろん、ただ集めるのではない。そこは、僕が隙あらばずるをしたり手を抜いたりしないようにと、ご丁寧にいくつかの条件を付けてだ。

 ひとつ、集めるものは人の死に顔のみにすること
 ひとつ、なるべく多くの表情を探すこと
 ひとつ、策略を巡らせて追い詰めてもよい、
       ただし、一度失敗したら
           二度と同じ者を狙わないこと
 ひとつ、得た面の表情を脳裏に焼き付け、
             けして捨てないこと

 これさえ守れたら、お前に欠けたものが何かを教えてやろう。そうハイエルフは言った。
 なんだ、楽勝じゃないか。自分で手を下していいのなら、人の死に顔などすぐに集まる。こんな茶番さっさと終わらせてしまおうなどと考え、別の使命を下された幼馴染みと共に《楽園》を出た。

 ハイエルフの真意や意図するところを分析しないままに…。

 
 一人目の面は山賊の男。きちんとした身なりで旅をしている僕らをどこかの貴族と間違えたのか、金品を身ぐるみ剥がそうと襲いかかってきたのである。彼の振り回すククリナイフを軽くいなし体勢が崩れた所で飛刀を首に数本突き立ててやった。いとも簡単に事切れる呆気ない幕引きだった。僕は驚くほど阿呆な面を手に入れた。
 二人目の面は奴隷商人。やはり身なりがよく容姿もそこそこの僕らのことを奴隷にしようと言葉巧みに言い寄ってきたのである。断ると無理矢理連れ去ろうとしたので、持っていた毒針で一突きしてやった。苦しみのたうち回るみっともない幕引きだった。僕は虫酸が走るほど醜い面を手に入れた。
 三人目も、四人目も、さらに殺め殺めた二十人目も、どいつもこいつも吐き気がするほど醜い面ばかりだった。こんなものを集めさせるハイエルフの真意を僕はいつまで経っても読み取れなかった。

 そんなある日、僕らは教会の近くである一家の葬儀に出会った。喪服を纏った少年が嗚咽している、目の前にあるのは棺桶だ。なるほど、さぞ辛かろう。今まで自分が手にかけてきた連中とは縁遠い死の光景がそこにはあった。
 少年の頬の涙を幼馴染みが硝子の小瓶に頂戴している傍ら、僕は初めて遭遇した新しい死の形に興味を持った。少年の悲しみの源となった死に顔とは一体どのようなものなのだろうか、と。そうして棺桶に視線を落とした瞬間、僕は雷に打たれたかのような激しい衝撃を覚えた。息することも忘れ、じっと一点を見る。

 きれいだった。今まで見た死に顔の中で一番……。醜悪な彼らが比較対象では失礼だとは思うが、こんなきれいな人を僕は生まれてこの方見たことがなかった。僕は少年に頼み込んで彼女の面を作った。それはため息が出るほど美しくたちまち虜になった。

 

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 僕に欠けているもの、それが一体何なのかは薄々勘づいていた。僕は人に対する関心が極端に薄く、人の醜さを嫌悪しながらも人を苦しませることに悦楽を覚えてしまうのである。だから、僕の毒牙にかかった獲物たちは皆醜悪な死に顔をさらすのであろう。
 人の死に顔ばかり集めている僕は、いつしか裏社会で《仮面蒐集家》という通り名までつけられてしまうほどたくさんの面を手に入れた。しかし、心底美しいと感じた仮面はあの棺桶で眠っていたあの人の死に顔だけ……。その後も現在に至るまで面を集め続けているが、どの仮面も僕の心を激しく揺さぶるほどの魅力は持ち合わせていなかった。
 あの美しく安らかな面を手に入れるための方法を僕はまだちゃんと知らない。だから、僕は今日も死に顔を集めにいくのである。

 
 ねえ、教えておくれ。
 自分の欠けたものを取り戻すために他の誰かの顔を切り取ることを、君は悪だと思うかい?

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