喫茶室の片隅で…《創作掌編》

カッフェで一息つひてゐる時であった

私は壁に近ひ一人掛けの席につひて、ウインナ珈琲を飲み乍らぼんやりと向かひの席を見てゐた

(電球が切れてをる)

其の席は横に四つ並んだ席の左から三つ目、一番左の席も心なしか照明が暗く思はれた

(誰もおらぬ)

私は電球灯らぬ寂しひ席を眺める
佇む椅子の背が泣ひてゐるやうだった

誰も其の声に気がつかぬのだ

サックスの物憂げな歌が響く其処は
底知れぬ寂寥を私に抱かせる

(気がついてくれ、私は此処にをるぞ!)

堪らなくなった私は席を立った
珈琲は少し残ってゐたので、あおって飲み干してから

店を出る前にもう一度、彼の席を振り返ってみた

薄暗がりに浮かぶ小さき灯火たちは
もう何も喋ってくれない
帰途につく私にはもう用は無いのだ

(またお越しくださいませぇ)

白々しい笑いが耳を打った

あの灯りはきっといつも誰かに語り掛けてゐるのだらう

私には堪えられぬ空間でも
其処に座す誰かを求め
今日も泣いてゐるのだらう

声の聞こへる存在の訪れを心待ち乍ら

(いらっしゃいませぇ……)


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