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映画『52ヘルツのクジラたち』を観た感想とその他諸々

3月1日に公開された映画『52ヘルツのクジラたち』を観た。

観終わった後に頭の中から出てきた言葉は、すごいの一言だった。
すごいって言葉が適切かどうかはわからないけど、とにかくすごかったとあしか言えなかった。

原作(著:町田そのこ)は、2021年に本屋大賞を受賞。

僕は3年前に原作を読んだが、その時以上の衝撃を受けたような感じがする。
気づいたら書店へ行き、文庫本を購入して原作を再読していた。

その後、改めて映画を観に行った。
なるべく冷静な視点で観ようと思い、ある程度はできたかなと思ったが、それでも冷静には見れずにいつの間にか目頭が熱くなっていた。
重いテーマではあるけれど、その重さも含めて大切にしたい物語になった。

今回は、映画『52ヘルツのクジラたち』を観て感じたことを簡単にまとめた。

※ネタバレはしないように努めましたが、それでもネタバレを含んでいる可能性があるので、何も情報を得ずに観たい方はここから先は見ないことをすすめます


あらすじ

傷を抱え、東京から海辺の街の一軒家へと移り住んできた貴瑚は、虐待され、声を出せなくなった「ムシ」と呼ばれる少年と出会う。かつて自分も、家族に虐待され、搾取されてきた彼女は、少年を見過ごすことが出来ず、一緒に暮らし始める。やがて、夢も未来もなかった少年に、たった一つの“願い”が芽生える。その願いをかなえることを決心した貴瑚は、自身の声なきSOSを聴き取り救い出してくれた、今はもう会えない安吾とのかけがえのない日々に想いを馳せ、あの時、聴けなかった声を聴くために、もう一度 立ち上がる──。

映画「52ヘルツのクジラたち」公式サイトより

良かった点

何といっても物語の雰囲気とキャストがピッタリハマっていたこと。
初読時のイメージがそのまま画面に飛び出してきたような感じで、再読時にも違和感なく、むしろより物語に入り込めた。
貴瑚のどこか影がある感じ、アンさんの優しい雰囲気、美晴の天真爛漫さ、主税の自信に溢れた表情など、皆さんがそれぞれの役に徹している様子が伝わってきた。特に杉咲花さんが演じる貴瑚と志尊淳さんが演じるアンさんがすごく良かった。
また、原作で詳しく触れなかった場面が映画版ではあり、しかもその場面が僕の中ではハイライトと言っていいほど強く印象に残っている。

物足りなかった点

僕が映画版で感じたのは、貴瑚とアンさんの2人の物語の側面が前面に出ていて、その分ムシと呼ばれる少年・52の存在感が薄れてしまったこと。
(少年の名前は後に明らかになるが、ネタバレにつながる点でもあるため、ここでは名前を52と表記させていただく)
原作では、物語が進むにつれて貴瑚と52の関係が、貴瑚とアンさんと同じく深いものになっていく。ただ、映画では52の背景があまり語られていなくて、貴瑚との関係が急に深まった印象があったのは否めない。また、52の過去やその後に関しての重要な登場人物が映画では出ていない。ラストに関しても原作のほうが個人的には好き。
時間の関係もある分、その点は原作を読んでのお楽しみのようなものなのかもしれない。

原作を再読して

『52ヘルツのクジラたち』の単行本と文庫本

展開は知っているのに、ひたすら感情が揺れ動いた。

原作は、貴瑚の心理描写が繊細に描かれていて、場面ごとにどんなことを考えていたのか、どう心境が変化したのかが分かる。これが、ラストでの感動につながっていく。
また、現代社会で問題になっていることについて考えさせられる。
「家庭内DV」「ヤングケアラー」「トランスジェンダー」など…。その中で「名前の付けられない関係性」について考えさせられた。地方社会の閉塞性についても色濃く出ている印象がある。

再読時に僕が感じたのは、初読時よりも無力さに胸が締めつけられたこと。

自分の声が届かないことへの嘆きに焦点がいってしまいがちだが、裏を返せば相手の声を聴き逃しているかもしれない。そして、自分の声が届かないことも、相手の声を聴き逃すことも同じように辛い。現実的な内容と合わせて、ひたすらに無力感が襲ってきた。
程度の大小はあれど、誰しもが52ヘルツの声を出しているかもしれない。
誰かの声を聴くこと、抱え込まずに頼ること、どちらも大事にしようと思った。

あとは、貴瑚の村中に対する印象の変化も見ていて面白い。
原作では村中の存在感が強く出ていて、読み進めるにつれて印象がガラッと変わった。


『52ヘルツのクジラたち』で思い出す作品

『52ヘルツのクジラたち』で思い出すのが、同じ「クジラ」がタイトルに使われている辻村深月さんの『凍りのくじら』
僕にとって、これからもずっと大切にしたい、何回でも読み返したい作品だ。

主人公はどこに行っても馴染めずに自らの居場所のなさを感じている。そんな中で、ある人物との出会いから主人公の心境が少しずつ変わっていく。そして、物語の中盤では声が出せない少年との出会いがある。
……と、両者には共通している点がある。

ミステリとも青春とも違う少し不思議な物語だけど、考えさせられる部分や響く言葉が詰まっている。そして、ラストのあっと驚く展開には心に光を照らされたような感覚になり、元気をもらえる。

『52ヘルツのクジラたち』が印象的だった方は、『凍りのくじら』を読むのもおすすめしたい。


『リンダ リンダ』が挿入歌に採用されている理由について考えた

映画では、貴瑚がある曲を口ずさんでいるシーンがある。

その曲が、THE BLUE HEARTSの『リンダ リンダ』
これは、原作にはない設定だ。

疾走感のある曲調、「リンダリンダ」や「ドブネズミ」ワードが印象に残っている方も多いのではないだろうか。
映画を観ながら、なんでこの曲を使ったのか疑問に思った。そこで、歌詞を見てみるとその疑問が晴れた感じがする。

『リンダ リンダ』の歌詞が、貴瑚の願いや想いそのもののように感じたからだ。特に、そのように感じたのが以下の歌詞。

もしも僕が いつか君と 出会い 話し合うなら

そんな時は どうか愛の 意味を知って下さい

『リンダ リンダ』

愛じゃなくても 恋じゃなくても 君を離しはしない

決して負けない強い力を 僕は一つだけ持つ

『リンダ リンダ』

壮絶な過去を体験した貴瑚。これからも波乱万丈な人生が貴瑚に待ち受けているのかもしれない。しかし、そんな中でも「魂の番」とも言えるであろう人たちとの出会いがある。
現在の貴瑚は、「決して負けない強い力」を持っていると感じているのだろうか。

そんなことを、映画を観終わった今、考えている。

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