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私の髪は焼き芋のにおい

事情があって近くの100円ショップまで原稿用紙を買いに行った。

デジタルよりもアナログを好む私は度々、原稿用紙を購入する。実家には2~30年かけた力作の長編小説を書いてもしばらく困らないくらい原稿用紙があるので、新しく買うのは何だかとても悔しい。

アナログを好むクセに、今時、手書きのレポート提出なんて、環境にもお財布にも人々の労力にも無駄ばかりで優しくない。融通が効かないと不満たっぷり。プリプリ。🙎

とにかく大変不本意な買い物である。



理不尽に飛び込んできたタスクに対する不穏な気持ちを、どうにか静めるために100円ショップまでの道のりを夕方の散歩と位置づけることにした。


外に出てみるとどうだろう。

風が気持ち良い。
紅掛空色、夕日に照らされて光る雲、地面の何かに集中する子とその様子を見守る母、尻尾を上げて歩く犬と手を繋ぐようにリードを持って散歩する人…

視界に入る全てが優しい。


いつの間にか木々には葉がつき、白や黄色や桃色の花々が咲いたり散ったりしている。
植物が元気だと街は賑やかだ。

夕映えの商店街には焼き芋のトラックが停車し、店主と買い物帰りのお客が立ち話をしている。

私は値段をチラリと確認して、地元の焼き芋の方が安くて美味いはずだと自分に言い聞かせ、大股で足早に通りすぎる。においにつられても歩みは止めない。目的地はもうすぐだ。


目的の原稿用紙を手に入れて店を出ると薄明の空。
肌寒い。空腹だ。

帰り道は最短距離の大通り沿いを歩いた。


部屋に帰り着き、一つに結わいていた髪をほどき、寝転ぶ。顔に髪がかかる。深く息を吸う。


私の髪は焼き芋のにおい。

優しい街の夕暮れ時が頭に浮かぶ。



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