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【小説】『ハーモニー』

もうすぐ梅雨が明けてしまうのが、ちょっとだけさみしい。
だって梅雨のときだけは、紫陽花から紫陽花へワープできるから。

だれにも気づかれたことないけどね。止まってるみたいにゆっくりだから。


また雨が降ってる。
きょうの雨は、ひえるね。


そうそう、ワープってね。ぐるぐるって渦を巻くの。背負ってる殻のぐるぐるに沿ってどんどん巻いていくとね、じぶんのまんなかに向かってだんだん小さくなっていって…いつの間にかワープしちゃうんだ。

はじめてワープした時のことは覚えてないよ。たぶん、おなじ紫陽花のうえだと思っちゃってたから。

気づいたのは、葉っぱをかじったときだったと思う。「あれ、さっきかじったはずの葉っぱが、ある…?」ってなって。それからやっと「あぁっ、花の色がちがう!」って角がピーンってなったんだ。おかしいけど、ほんとにその順番だったんだよ。

それからはね、葉っぱをかじるのが前よりも好きになった。穴のないつるんとした葉っぱや、しおしおのやらかい葉っぱ、かさかさかわいた葉っぱを見つけては、はみはみかじってワープしたんだ。

いろんな葉っぱをかじってみたらさ、みんなちょっとずつ味がちがうんだって思った。育つ場所で、水も、光も、空気もちがうから、きっとちがうんだね。

…いや、でもこれってワープしたから、それぞれ別の紫陽花だって分かってるから、そう感じてるだけなのかな。ほんとはみんな、そんなに変わらないのかも。どうなのかな。


雨の粒、おおきくなってきたね。
葉っぱのうえ、ぱらぱら跳ねてる。
しっかりつかまってなくちゃ。


あ、そうそう。この雨の跳ね具合だってね、じつはちょっとしたものなんだよ。

ほら、あそこの流れ。良いでしょう? なめらかに落ちてくところ。ぼくが歩いたから、そうなってるんだ。

見えないけれど透明な道ができてるの。
雨のこと考えながら歩くのって、やり直しきかないから、しんちょうに、ゆっくりやらないとなんだけど。

コツは、歩くって決めたなら、しっかり進むことだと思うんだ。あと、ダメかもってときは、すっかり戻るのも大切なんだよ。


あ。
もうすぐ雨、止むね。


ぼくってゆっくりしか動けないし、考えられないからさ。これから起こりそうなこと想像して、心の準備ばっかりしてるんだ。だからかな。ちょっと先のことだったら、なんとなく分かるようになったんだよ。

たとえば…そうだね。これからここに、女の子がやってくる。もうすぐあの角を曲がってくるよ。たぶん、すてきな女の子が。




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