『やわらかい棘、あざやかな皮』
寝起きらしい寄れた顔。ひらがなの「へ」のような、あるいは「て」のような寝ぐせがそこらじゅうにあって、ほわほわと表面の毛羽立ったほこり色のパジャマがよく似合っている。
それは結婚して間もないころ、弘子が彼に贈ったものだった。30歳の誕生日に。
ぽりぽりと胸元をかいて、なだらかな腹回りをさすりつつ、さむいなぁ、と何処へともなく言って、浩之はのそのそと洗面所へ入っていった。
彼の立てる水音にかさなるようにして、弘子は菜箸や木べらの先を洗い流しはじめた。やや体を傾げながら、丁寧にこすっていく。かちかちになった米粒が取れているか、炒めた油のぬるぬるがちゃんと落ちているか、指の腹で何度も確かめながら。
「あたらしいタオル、いいね。陽のあたった匂いがする。」
「……そう?」弘子は洗い物の手を止めないまま応えて、買ったのは半年も前だし、それ確か干したら雨降ってきちゃって乾燥かけたやつなんだけどなぁ、とひそかに思った。
弘子が顔をあげると、部屋のまんなかに敷かれている毛足のながいこげ茶色のカーペットに浩之は座っていて、ベランダの窓から明るい外を眺めていた。灰色の、おおきな毛玉のような生き物にみえた。
(つづく)