題名『お酒』

題名
『お酒』
(隠しテーマ・君と出逢って)


 君と出逢って、僕は変わった。

 君と出逢って、世界は変わった。

 君と出逢って、人生までが変わっちまった。

 君と逢うたび僕の名前も変わる。

 ほろ酔い、酔っぱらい、呑み助、のん兵衛、酔いどれ、飲んだくれ、アル中、泥酔、大酒飲み、クソ人間、死んじまえ。


 初めて君と出逢ったのはかなり幼い頃だ。
 お正月の父のお屠蘇を少し舐めたとき。
 酔った父がふざけて僕に飲ませたんだ。どんなリアクションをするのかふざけて試して遊んだんだ、きっと。困った父だ。当然だが、そのあと父は母にこっぴどく叱られて平謝りしていた。が、その様子を見ながら密かに、僕はその美味しさに感動していた。

 なんだろう?
 甘いような辛いような、軽いような重いような変な水。それも、ひと舐めで体中がジーンと痺れるような刺激。熱いお風呂に飛び込んだような刺激だった。
 これはすごい魔法の水だと思った。
 実はもう少し欲しくて、こっそり飲もうと父のお屠蘇に手を伸ばしたけれど、母の視線が急に僕を見たから怖くなって飲めなかった。それがすごく残念だった。


 もう少し僕が大きくなった頃。あれは小学生の高学年くらいかな。
 真夏だったこともあり父は毎晩のようにビールの大瓶を2本飲んでいた。
 ガラスコップに父が勢い良くビールを注ぐ。白い泡がブクブク増えてコップから溢れそうになる。父はあわてて泡を飲む。そしてまたビールを注いでゆく。
 父はその泡を飲むのが面倒になったのか、そばにいた僕に頼みごとを言うようになる。
「おまえ、この泡もビールだから溢れてこぼれるのは勿体無い、おまえが溢れそうな泡だけ飲んでくれないか?」
「しょうがないなぁ」
 僕は困った顔をして泡を飲んだ。
 泡だけどほんのり苦い。
 苦いのにシュワシュワとして癖になる味だった。

 父は食べるのが遅いので、早食いの母は食べたらリビングでドラマを見ながら父の食事が終わるのをいつも待っていた。
 そこで僕はいつも母の代わりに父の食事中はダイニングテーブルにいることが多くなった。
 父の話し相手、それは母への言い訳で、ビールの泡を飲む仕事をするためだった。
 そうだ、この頃から僕はビールのうまさを知ってしまっていた。


 二十歳の誕生日。

 家族のみんなとビールで乾杯をした。

 こう見えても真面目ではあったので父のビールの泡を飲んでいた頃もあったけれど、ほとんどアルコールは飲まなかった。
 白状すれば、たまに飲んだのはひな祭りの桃山の白酒と母が風邪の時に日本酒を水で二倍に薄めて作る玉子酒くらいだ。

 お酒を飲めることが嬉しくて、僕は大人になった実感がした。

 ただ、きちんと飲むビールは思ったより美味しいものではなかった。苦いと聞いていたし、泡も苦味があったから想像はしていた。その苦味が美味しいものだと思っていたが、苦味は苦味だった。
 ただ、何なんだろう?
 苦いのにスカッとする。
 甘いジュースとは違った。
 お茶とも違う。
 脂っこい料理や濃いめの味の料理を食べたあとでビールを飲むと、口がさっぱりするのが分かった。
 ビールが美味しいと言うより、濃いめの味の料理が美味しく食べられる魔法の飲み物。そう、本当に初めはそんな印象だった。

 そして僕は、お酒に興味を持って味比べをしながら、お酒の世界を、大人の世界をぜーんぶ知りたいと思うようになった。

 ビール、日本酒、焼酎、酎ハイ、サワー、赤ワイン、白ワイン、ロゼワイン、ウイスキー、ブランデー、水割り、ハイボール、カクテル、ジン、ウォッカ、リキュール、梅酒、いろいろ。

 とにかく、いろんなお酒を飲み比べしていった。

 それから気づいた。
 好きだけどアルコールには弱いことを。それが悔しかった。
 なんだか、惨めだった。
 恋する人にフラれた気分だ。

 そして、酒豪に憧れた。


 それからも、アルコールには弱いなりに毎晩のようにお酒を飲んだ。休肝日を作りながら。

 そして、いつしかお酒が日常で、一日の終わりの楽しみになっていた。

 特に大好きなプロ野球の中継を観ては、勝ったら祝杯をあげて、負ければ憂さ晴らしでやけ酒を飲んだ。
 
 そんな暮らしになっていた。


 それから恋もして、いろんなお酒の味も増えていった。

 失恋のお酒だけは、ゲロと数日に渡る悪酔いの記憶しかないから思い出したくもない。

 あまりの悪酔いの苦しさに何度も二度とお酒を飲まないと誓ったけれど、今でもお酒を飲んでいる。

 なぜか?

 それは、心が辛くて苦しい時は、お酒で体を苦しくすると、体の苦しさが心の苦しさより勝ることを知ってしまっていたから。

 そう、脳が知って、心が苦しいと、脳が僕にお酒を飲めと命令してくるんだ。
「そうすれば楽になるぞぅ」ってね、話しかけてくるんだ。


 それでも、飲みすぎたりした回数は、そんなに多くない。

 だけど、最近は何度も限度を超えてしまう日が多い。
 それでも悪酔いすら出来ない日が多いんだ。
 なぜだろう。

 いや、わかってる。
 しらばっくれても、わかってる。
 理由を言葉にしたくないだけだ。

 あぁ、大切な人を亡くしてから、お酒を飲み続けている。


 
 ん、そうだね。
 
 君は、お酒のような人でした。

 初めて出逢った時から特別でした。

 それからはゆっくりと必要な人になりました。

 喜怒哀楽、いつも二人で分かち合い、共鳴していた。

 そして、あの日から、


 君はお酒になりました。

 だから今夜も、僕はお酒に夢中です。

 働く気力も何も無く、ホームレスのように彷徨って、通りすがりの人は僕を遠回りして避けてゆきます。


 先日、娘からは「死んじまえ」と言われました。


 君を飲める間は死にたくはありません。


 今は小説というラブレターを書いています。

 君を飲んで、君を思い、君を綴る。

 君なしじゃ生きれません。

 助けて下さい。


「たすけて!」(涙)



【終わり】





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