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時間??

時間とは?
何も生み出さないけど、必ず動いているはずのもの。
観察者がいなくても、それは必ず動いている。
何億年前から存在する物は、だれも見ていなくても
時間のテーブルの上に載っているから
例えば生物から、化石に変わってゆく。

でも、時間はどこを起点に動いているのだろう。
始めもなければ終わりもないのだろうか?
生き物は「生」があり「死」がある、
しかし、物にはそれが見つからない。
形が変わるかもしれないが、始めと終わりが見えない。
とすると、生き物「生命」も、
始めと終わりは見つからないのかもしれない。

時間が流れているものだとしたら、
どこかで止まることがあるかもしれない。
しかし、動いているけど流れているのではなく、
例えば「滑っている」「跳ねている」「回っている」のだとしたら
今、僕たちが乗っている「時間」が
どこの世界とも均質だとは思えない。
流れているのなら、等間隔で、あるいは離れながら近づきながら
あるところから、放射されているテーブルの上にいるのだろうけど。
そうなら、どこかの地球を観測できたら、
1秒は同じ1秒で、70年の寿命を持つ生き物は、どちらの世界でも
70年生きる。のか?

僕たちは、太陽の光の世界に生きている。
しかし、太陽がなかったら、地球に時間があったのか?
光がないところに、時間はあるのか?
この宇宙と呼ばれるところに、
時間があるところと、無いところが混在しているのではないか?
時間があるところも、僕たちの時間と違うテーブルがあって
僕たちは、違う時間のテーブル世界とは交流できない仕組みなのではないか?

僕たちは、光か電波しか離れたところの情報を得られない
しかし、別の時間のテーブルの世界は、光の世界でないならば
その世界を知ることもできない。
光の世界では、とてつもなく遠い宇宙が
光以外の世界では、すぐ隣かも知れない。

人間に、テレパシーとか、虫の知らせとか、予知したかのような
感覚があることは、光以外のモノを見る、感じる能力が
もしかしたら有るのかもしれない。

時空を超えるなんて荒唐無稽だけど、
僕らが乗っているテーブルが、
穴だらけだったり、曲がっていたり、
どこかで繋がっていたりするなら。
おかしくない。

山を超えられなくても、トンネルがあるかもしれない。
果てしない空を、探ることができたら、自分の後ろ姿が見えるかもしれない。







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