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生まれつき発達障害の夫にない能力

感情を読み取り、伝える、見えない糸

私は誰かと同じ空間にいると、その人たちと見えない糸で繋がっているような感覚になります。
その糸は自分からも相手からも出ていて、空間の中で緊張したり、緩んだりしながら、その場の空気を作っていきます。相手の気持ちを察する時、目に見えないこの糸を伝って、相手の感情が流れてきます。私の感情も、糸を介して相手に届いていくように感じます。心療内科の医師によると、これは、赤ちゃんの時から人に授けられた能力だそうです。赤ちゃんは、親の表情を見ながら、そこに乗せられる感情を読み取り、親から出てくる見えない糸を少しずつ学びながら紡いでいくそうです。また、自分がどうすればかわいがってもらえるか、相手に届く糸の出し方を本能的に知っているそうです。

見えない糸を感じ取れない人たち


ところが、自分から出る糸も、相手から出ている糸も見ることもできない人たちがいます。その人たちは大人になると「空気が読めない人」と言われ、発達障害のASD(自閉症スペクトラム症)の特徴とされます。ASDは他にも、相手の感情を想像する力がない、人への関心が薄いなどの特徴もあります。それは、相手から出てくる糸が見えないことに起因しているようです。

赤ちゃんが生まれもっている能力







ASDの特徴のある夫は、人との会話に苦痛を感じ、どうして自分にはうまくできないのか、長年悩み苦しんできました。夫は、会話する相手の感情がうまく読み取れません。どうして、読み取れないのでしょうか?相手の感情を読み取るにはどうしたらいいのでしょうか?その答えは、「ASDの人は、赤ちゃんが生まれもっている、表情を読み取る能力をもっていない」「その能力は訓練によって補うには限界がある」からといえます。では、早速、この能力について紹介していきましょう。

生まれ持たなかった能力

3年前のある日、夫の主治医は「あなた(夫)は、赤ちゃんが生まれ持っている能力を持たずに生まれてきたのですよ」と言い切りました。

夫は言葉にできない衝撃が走ったといいます。実際、私も同席していたので、夫が愕然としていた姿をよく覚えています。

主治医によると、ASDの特徴を持つ人たちは、赤ちゃんの時に、相手の表情を読み取る能力、空気を読む能力、を持たずに生まれてきたそうです。健常者といわれる赤ちゃんは、本能的に親の表情から感情を読み取り、その能力をどんどん発達させていきます。生来の能力を、ごく自然に開花させていきます。

ところが、生まれつきASDの特徴のある人は、この能力を持たずに生まれてきたのです。親の表情を見ても、感情を読み取ることが難しく、赤ちゃんにその能力を鍛える術はありません。この能力の差が、大人になるにつれ大きくなっていきます。気づいた時には、相手の感情を読み取ることができない、空気が読めない、察することができないASDの特徴となり、コミュニケーションに苦しむのです。また、生来持っていない能力は、いくら努力しても健常者のようなレベルまで訓練することはできないそうです。いくらASDの人が相手の表情を読む訓練をしても、到達できるのは、健常者の4割程度といわれています。

「これで納得がいった」

主治医から、赤ちゃんの時に生まれ持つ能力を持たずに生まれたといわれ、主人は衝撃を受けました。

「ええ!」

と大きな声をあげました。それから医師の説明を聞き、

「そうだったのか!」

と大きく頷きました。

「これで納得がいった」

夫は興奮気味で言いました。

夫は人と会話する時、脳をフル回転させ、どう返答すればいいのか、常に「答え」を探し出し、相手の言っていることを理解することに、ただならぬエネルギーを使ってきたといいます。これはとても疲れそうです。

周りのみんなはいとも簡単にできているように見えることが、自分にはどうがんばってもできない。その辛さやもどかしさは、学校で勉強や運動がいつもトップだった夫には、当時から耐えがたい苦しみだったようです。その苦しみは大人になればなるほど大きくなり、仕事を始めてすぐに大きな壁となりました。

糸を持たない人、つまり、相手の表情から感情を読み取れない人は、数人で会話している途中でも黙ってトイレに立つことがあります。本人に悪気など一切ありません。会話を邪魔してはいけないという心遣いがあることさえあります。けれども、その行為は、例えば4人の会話なら、本人へ向けられている3本の糸を、突然、なんの説明もなくぶつりと切ってしまうことになるのです。そこにいる人たちは当然、不快な気持ちになります。
その人は糸を持たないため、相手の糸を感じることができないのだから、相手に失礼な行為をした覚えは全くありません。知らないうちに、相手に嫌な思いをさせてしまっているのです。
しかし、このような人は、そもそもうまく会話に入れていない場合が多く、空気を読めていません。そのような状態で、急に黙ってトイレに立ってしまうのだから、周囲からは付き合いにくい人と思われてしまうでしょう。
このような誤解が重なり続け、糸を持たない人は、人とのコミュニケーションに支障をきたすようになるのです。 


気づかないうちに義足を着けて走っていた!?

もし、生まれ持って来なかった糸の能力を、目に見える身体に例えるなら、片方の足の膝下がなく、義足を着けている状態といえそうです。
赤ちゃんの時、膝下がない状態で生まれましたが、義足を着けることで歩けるようになったとします。義足で歩くことは、その子にとっては自然なことです。それ以外の感覚を知らないのですから。そのまま大きくなって、50メートル走やサッカーをし、どうもみんなと同じように速く走れないと悩みます。その理由は全くわかりません。
そして、ある日突然、自分の片足の膝下は義足であったことを知るのです。
これまで、どうして自分は速く走れないんだろうと悩んではいたものの、自分は健常者と同じ、自分自身の足で走っていると思っていました。走っても走っても、なかなか追いつけず、周囲の人々よりびっしり汗をかく。自分は義足を履いて走っていたことに、気づかなかったのです。
糸で人と繋がれない人たちは、自分が義足で走っていたことを知ると、大きな謎が解けたように納得します。
だから、今までどんなに考え、様々なパターンを用意し、努力しても、人とうまく話せなかったのだと、これまでの苦しみの原因が理解できるようになるのです。この発見は、衝撃を生むと同時に、安堵の気持ちも生み出します。ずっと悩んでいた原因がわかって、ほっとするのです。どうして自分だけができなかったのか、やっと理解できて安心するのです。

夫は、この発見により、大きく救われました。自分には人の表情から感情を読み取る能力が備わっていないから、会話が苦手だったのだと、まるで、自分の足が義足だと気づいて納得した人のように、ずっと引っ掛かっていたものが、流れていくような感覚になったのです。

「納得」のその後

夫は、自分は生まれ持たなかった能力がある、と気付き、これまでコミュニケーションがうまく取れず悩んできた原因を知ることができました。では、夫はこれからどうしたらいいのでしょうか?
それは、次回、書かせて頂きます。

発達障害は本人の生きづらさだけではなく、周りの人にも大きな影響があります。夫と息子が発達障害と診断され、気持ちがスッキリしました。発達障害の特徴を理解し、自分の性格を知り、感謝の気持ちを持つことで、前に進むことができています。一人でも多くの方に、私の経験が役立てますように。